December 15, 2006

ユルく、ヌルく、甘く

 あぁ、眠い。そろそろ寝よう。
明日はクリスマスパーティだ・・・。
No_2


明日の午後、国会前に5人のサンタクロースがやってきます。
昨日、改定教育基本法が参議院の特別委員会で可決され、今日、本会議で採決されると言われています。
絶望的な気分になっても仕方がない。できることをしよう。

そう思いながら、垂れ幕を作った。
久しぶりにクリスマスツリーを飾っているようで、何だか楽しい。
完成品は、これに3つのメッセージをつけた。

「日本は今のままでも美しい」
「We love 9条のある にっぽん!」
「子どもたちにプレゼントしよう
主権者としての教育と自由な社会」

垂れ幕を作りながら、私はやっぱり今の、つまり戦後の日本が好きなんだと確信した。
そりゃ、問題はたくさんある。
けれども、人間と同じように完璧な国家などない。
大事なのは、問題を問題として認識し、解決の道を探っていこうとする姿勢だ。

間違いを間違いとして認めることを恐れず、
それでいて誇りを失わない。
私はそんな人間でありたい(になりたい)し、日本もそういう国であって欲しい。
そんな思いを、闘争的な気分にならずに、できるだけ穏やかに、和やかにアピールしたいものだ。

先日、国会前で、ハンストに参加している大学生のフルート演奏で「エーデルワイス」を歌ったとき思った。
ユルくてもいい、ヌルくてもいい、甘くてもいい。
優しく、楽しげに、けれども誇りを持って自分の意見を表明する。
そういう人が、もっともっと増えていけば、改定教育基本法も恐くない。

そんな考えに共感して下さる方、国会前に来て下さい。
クリスマスパーティをやりましょう。

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November 30, 2006

今後のスケジュールとお願い

 この記事は、いろいろな団体・個人から入る情報を自分用に整理するとともに、皆さんの参加を呼びかけるエントリーです。
 法務委員会が開かれる火曜日と金曜日には、私もできるだけ国会に出向くようにしています。

【以下、メールやウェブでの転載を歓迎します】

■共謀罪の審議入り・強行採決を許さない!
 緊急議面集会

12月1日(金)12:00-13:00
衆議院議員面会所

■【一億二千万人 共謀の日】第3弾

 12月3日(日)12:00-15:00
 銀座マリオン前、リレートーク

■日弁連「共謀罪」に反対する緊急院内集会

 12月4日(月)17:30-19:00
 衆議院第二議員会館第1会議室(定員100名)

■国会前反対行動・集会

 12月5日(火) 法務委員会で共謀罪の新設について採決が行われる/参議院で教育基本法改定の審議が山場を迎えるのがこの日だそうです。終日国会前で反対行動を行います。

■共謀罪の新設に反対する市民と表現者の集い

 12月6日(水)12:40-14:00
 衆議院第二議員会館第3会議室

■教育基本法改悪反対 
 第三波ヒューマン・チェーン

 12月6日(水)16:00- 参議院議員面会所
          17:00- 参議院議員会館前

場所の案内はこちらを参照して下さい。MAP


◆仕事があるので、あるいは、遠くにいるので「国会までは行けません」という人にもできることはあります。

●法務委員会の議員さんたちに手紙を書きましょう。
 メールやファックスの一覧はこちらを参照して下さい。 衆議院法務委員会委員名簿

 ※便利なメール一斉送信(宛先は内閣総理大臣、法務大臣、衆議院・参議院法務委員、各政党(自由民主党、民主党、公明党、日本共産党、社会民主党、自由連合、新社会党、新党日本、第二院クラブ、みどりの会議、無所属の会)はこちらを参照して下さい。
Say “NO” to 共謀罪法案 サイバーアクション

●参議院教育基本法特別委員会の議員さんたちに手紙を書きましょう。 
 メールやファックスの一覧はこちらを参照して下さい。 参議院教育基本法特別委員会委員名簿
 
 自分の選挙区の議員さんなら効果倍増のはずです。民主・社民の野党の議員さん方はすでに反対されていますので、自民党や公明党の先生方をターゲットにするといいかもしれません。
 別に気の利いたことを書かなければいけないわけではありません。「私は共謀罪の新設/教育基本法の改定に反対します」の一言でもOKです。

 「難しいことはわからないから何もできない」「政治のことは議員さんに任せておけばいい」。そうやって傍観を決め込んでも何となく社会は上手く回っていた、残念ながらそういう時代が終わろうとしています。
 では、次はどんな時代になるのか? この数週間の流れがそれを決めるでしょう。
 今までのような平和と自由を尊ぶ社会(もちろんそれでもいろいろな問題はありますが、問題を問題として認識し、議論できることが大事なのです)の存続を望む人は、ぜひ何かしらの行動をお願いしたいと思います。

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September 11, 2006

無関係な人などいない― 絆と連帯を断ち切る「共謀罪」を廃案に

 6月18日、国会が終わり、争点のひとつだった「共謀罪」法案は秋の臨時国会での継続審議が決まった。
 「共謀罪」とは? などという説明は今さらいらないだろう。その危険性を多くの人たち理解したからこそ、何度もの強行採決を免れてきたのだと思っている。
 私も「アンチ共謀罪ガールズ」として街頭でチラシを配ったり、スピーチをしたり、法務委員会の審議を傍聴した。「アンチ共謀罪ガールズ」とは、「共謀罪に反対する表現者たちの会」の有志を中心とした女性のグループである。
 5月下旬には中野駅前で今流行のメイド姿でアピールを行ったところ、『朝日新聞』やいくつかの週刊誌に取り上げられ、ちょっとした話題となったのでご記憶の方もいらっしゃるのではないか。
 この頃から街行く人たちの反応も明らかに変わってきた。自分からチラシを受け取ってくれる人、「もっと詳しいことを知りたい」と話しかけてくる人、「私も絶対に反対です」と言う人も増えてきた。
 その一方で、目も合わせずに無言で通り過ぎる人や私たちを単なる通行の妨害者のような目で見る人たちが今でもたくさんいる。
 インターネット上でも「共謀罪ができても普通に生活している人には関係ない」「政府のやることに逆らわなければ影響ない」「反対している人たちは自分たちが犯罪者予備軍だから共謀罪ができると困るのだ」などという意見を見かけることもある。
 実は私もときどき考えてしまう。一緒に活動しているジャーナリストたちとは違って、私は仕事で権力に対して批判的な記事を書くことはそれほど多くない。「共謀罪」ができてもあまり関係ないかもしれない、などと。
 しかし、それこそが「共謀罪」の一番の問題点なのだと思う。人の関心の範囲を自分とその周囲のごく狭い範囲にとどめ、視点から批判精神を抜き、無難に生き抜くために思考を停止させる。そんな世の中でいいの? ということだ。
 「自分さえよければ他のことは知らない」「政治のことは私には関係ない」。そういう考え方がスタンダードな世の中はあまりにも情けない。“ごく普通の生活者”たる私が「共謀罪」に反対する一番の理由はそれだ。
 政府与党は「共謀罪は組織的犯罪集団を取り締まるためのもので、労働運動や市民団体の活動などは対象としない」と言いながら、対象となる犯罪の数は600以上、「組織的犯罪集団」の定義も実に曖昧である。
 野党からその適用範囲についての質問を受けると、明確な回答もないまま「とにかく自分たちに任せていれば悪いようにはしない」ということを平然と述べる。
 審議を傍聴しながら、これが昨年9月の総選挙で与党が三分の二の議席を獲得した国会の姿かと唖然とした。これらのやりとりはインターネットでも見られるので、一人でも多くの人が見るといいだろう。
今は共謀罪だけでなく、教育基本法や国民投票法、憲法改変など、さまざまな問題が噴出している。これらは日本がこれからどういう国になろうとしているかを左右するので、無関心ではいられない。
しかし、これらを論議するためにはさまざまな歴史や価値観や文化を知る必要があり、怠け者の私にとっては骨の折れる作業になる。ときには意見のぶつかり合いや激しい否定の言葉を浴びることもあるだろう。そんな鬱陶しいことには、できれば関わりたくないと思う気持ちもどこかにある。
 そういう心に、権力者たちの「とにかく自分たちに任せていれば悪いようにはしない」という言葉は甘く響く。「だったらお任せしましょう」と思わず言ってしまいそうだけれど、辛うじて良心が踏みとどまらせている。
 日本の社会では長い歴史の中で培われた「政治はお上がやるもの」という意識が染みついている。近代以降も“普通の人々”にとって政治的な議論は御法度であり、政府に反対の意見表明をすることにも大きなリスクがつきまとった。 
 そんな日本が、民主主義や言論の自由、表現の自由を手に入れたのは、60年前の敗戦によってである。多大な犠牲の上に手に入れたこの大きな財産を簡単に手放そうとすることこそ、戦争で亡くなった自国他国を含む多くの犠牲者たちへの冒涜なのだと思っている。
 未来のことはわからない。けれども過去に学ぶことはできる。“普通の人々”が政治的に意識が高い人たちを“アカ”と呼び、権力者と一緒になって弾圧してきた戦前の社会が、「共謀罪」成立後の未来に重ねるのは過去の事例から学んだ予測だ。
 「権力者に逆らわなければ、とりあえず自分の平和だけは守れる」「自分の周りさえ平穏なら、社会のことは関係ない」。そういう気持ちのなかに入り込み、人と人との絆と連帯を断ち切る「共謀罪」をぜひ廃案にしていきたい。

『社会評論 146』(2006夏) 戦争を拒絶する根源的思想 より

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July 29, 2006

「共謀罪」が教えてくれたもの

 6月の国会閉会以降、トーンダウンしているかに見える共謀罪の反対運動ですが、秋の臨時国会で継続審議となっているので、決して終わった問題ではありません。
 この間、二つの媒体で「共謀罪」についての記事を書きました。ひとつは『社会評論』という季刊誌であり、現在発売中なので、目に留まりましたらお読み下さい。(9月以降、こちらにアップします)
 もう一つは、私が加入しているワーカーズコープ・アスランの会報で、これを書いたのは国会会期末です。
 同団体のサイトでも読めますが、こちらにもアップします。どちらも筆名は「藤崎」ではありません。

            ***

 この号が出る頃には、すでに結果がでているかもしれませんが、「共謀罪」の反対運動に関わっています。連休明けから国会前での抗議行動に参加したり、法務委員会を傍聴したり、街頭で情宣チラシを配ったり、意見表明のスピーチをしていますが、すべて初めての経験でした。
 というのも、もともと私は政治的な関心が高い方ではなく、自分の立場や考えをはっきりさせることをあえて避けてきたからです。
 特に今のような複雑な国際情勢や政治システムの前では「平和な世の中がいい」「戦争には反対だ」というごく当たり前の感覚を口にすることさえはばかられるようなムードがあります。
 高邁な議論は頭のいい、弁の立つ方々に任せておいて傍観を決め込めば、無知をさらけ出して恥をかくこともないし、笑われて嫌な思いをすることもありません。
 けれども、こんな謙遜はまったく意味がないだけでなく、誤った考えだということを教えてくれたのが「共謀罪」でした。
 「共謀罪」とは、刑法等の一部を改正して新設される「組織的な犯罪の共謀罪」のことです。これによって国連総会で採択された「国際組織犯罪防止条約」に加入することができるというのが政府・与党の言い分ですが、対象となる法律名・罪名は600以上に及びます。
 一番の問題点は、実際に実行に加わらなくても、その内容を共謀していたと認めれれば、それが犯罪となる点です。
 「組織的な犯罪」についても「共謀」についても定義ははっきりせず、今後の世の中の動向や政府の考えひとつで拡大解釈されていけば、話し合いもできない状況が生まれていくことは容易に予想されます。
 このことは、60年以上前の「治安維持法」で経験している以上、個人や市民団体には適用しないという政府や与党の説明を無条件に信用するわけにはいきません。
 今はどんなに稚拙な論理であろうとも、「平和で自由な世の中がいい」「戦争には反対だ」と言う自由が認められています。
 けれども「共謀罪」法案が成立してしまったら、“恥をかく”“笑われる”というレベルではなく、平和を実現するための話し合いや意思表示のデモンストレーションなどが政治的な圧力で禁じられるのです。
 この法案をめぐる攻防を目の当たりにして、言論や表現の自由がある社会にいるのに、それを行使してこなかった自分を反省しました。
 そしてこんな重大な法改定が、国民にはほとんど知らされずに行われようとしているのを見て、平和も自由、“あって当然”なのではなく、私たちが意識的に守っていくようにしなければ、手から砂がこぼれるようになくなっていくものなのかもしれないと思いました。
 このことは言論や表現に関わる仕事をしている者こそ心がけていかなきゃならないことじゃないかと思います。
さて、これが皆さんに読まれている現在、「共謀罪」はどうなっているのでしょうか。とにかく今はそれが一番気になっており、何としても廃案にしなければならないと思ってできるかぎりのことをやっています。

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June 03, 2006

6.2法務委員会傍聴記

【<共謀罪>自公両党、継続審議へ 
 民主が逆に態度を硬化させ】
 自民、公明両党の幹事長、国対委員長は2日、「共謀罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案について、民主党との修正協議を断念し、継続審議とする方針を固めた。与党は民主党の再修正案を丸のみし譲歩する方針に転じていたが、民主党が逆に態度を硬化させたため、今国会での成立見送りはやむを得ないと判断した。
          (毎日新聞) - 6月2日22時2分更新 

【「共謀罪」継続審議へ 民主反発で採決見送り】
 「共謀罪」を新設する組織犯罪処罰法などの改正案をめぐり衆院法務委員会は2日午後、理事会を断続的に開き与野党が対応を協議した。1日の理事会で民主党の修正案を全面的に受け入れる方針を表明した与党は、委員会質疑と採決を実施するよう求めたが、民主党はこれを拒否して折り合わず、2日中の採決は見送られた。
 自民、公明の与党は同日午後の幹事長、国対委員長会談で、民主党の姿勢が変わらない限り、継続審議はやむを得ないとの認識で一致。政府、与党間の調整不足も露呈し、法案の行方は次期国会以降に持ち越される見通しとなった。
          (共同通信) - 6月2日20時4分更新

【共謀罪、成立困難に=民主は採決拒否崩さず】
 自民、公明両党は2日午後、国会内で幹事長・国対委員長会談を開き、共謀罪を創設する組織犯罪処罰法改正案について、引き続き民主党に対し衆院法務委員会での採決に応じるよう働き掛けることを確認した。しかし民主党は、与党が同改正案成立後に再改正に踏み切る可能性があるとして採決を拒否する姿勢を崩さず、18日までの会期内成立は難しい情勢だ。 
          (時事通信) - 6月2日21時1分更新


 午後1時から開かれるという法務委員会を傍聴するため、議事堂内に入ったのは12時半少し前だった。傍聴は2回目。手続きをし、荷物を預けてボディチェックを受け、待合室へ。
 その間わざと道に迷わせようとしているように思えるやたら長い通路を案内されるのは一種のテロ防止なのだろうか? 
 一度に傍聴できる人数は限られているため、待合室でその順番を決めた後、委員会室のあるフロアへ案内される。
 今日は12時50分から理事懇談会が開かれるということだったが、1時半になっても2時になっても終わる様子はない。法務委員会は1時から3時までの予定ということだが、とうとう3時過ぎになってしまった。

 その間、記者クラブの人たちは部屋に出入りする議員にインタビューしたり、それを会社に報告するために慌ただしくフロアを駆けずり回っている。
 こちらはイライラと待たされたが、懇談会が行われている間は裁決されることはない。話し合いが長引いているということは野党が修正案による成立を拒否していることであり、悪いことではないのだと思っていた。
 週末ということで地元に帰る議院も多く、今日の委員会は中止になるのではないかという噂が傍聴団のなかで流れていたところ、与党だけで委員会を開催するという知らせが入り、私たちは委員会室に入った。
 
 中は異様な熱気が漂っており、見たこともないほどの数の記者やカメラマンが、それほど広くない部屋の一角ににひしめいていた。議席は欠席している野党議員の空席よりも、座っている与党議員の方がやはり多いように見えた。 
 「いつもは出席していない議員も来てるわ。採決のために呼ばれたのね」と隣に座った女性がささやいた。
ここから先は衆議院TVでも見ることができる。石原伸晃法務委員長が開会宣言と野党欠席の旨を告げ、西川公也議員による野党批判の発言が展開された。
 西川議員によると、条約批准という“国際的約束を果たす”ことと、円満な採決を目指していたが、野党による「言葉ではなかなか表現できないような状況で」採決を拒否され続けたという。
 民主党が提示した修正案を受け入れるという条件を付けても採決に応じてもらえなかったということを憤懣やるかたないという様子で述べていた。
 そして早川忠孝議員に対し、この間の経過と問題点についての説明を「国民の皆さんにわかりやすい言葉で」説明を求め、早川議員は与党の立場からの状況説明をした。

 けれども、難しい法律用語は頭には残らず、素人にとっては、与党がいかに誠実な姿勢で野党との協議に臨み、それに対して野党が単にだだをこねているだけのような印象を受ける。西川議員はその回答に対して「よくわかった。」と言い、補足してより激しい野党批判を行った。
 次に、塩崎外務副大臣が条約批准と国内法整備の重要性を麻生外務大臣からの伝言を含めて説いていた。「よく理解した」と西川議員。次に別の議員か官僚の説明を求めようとしたが、誰かから声がかかって突然発言を打ち切った。
 
 私はこれらのやり取りは「十分な審議を行った」という説明に過ぎず、この後、採決されると思っていた。だから石原委員長が「本日はこれで散会」と言ったときには呆気にとられた。周りの人同士で見回し「(この状況は)採決されなかったんだよね?」と確認し合う。
 会場にいた何人かの与党議員もそう思っていたようで、「なぜ採決しないんだ」というような態度で立ち上がる人もいた。それに対して、石原委員長は激しい目配せで応対。それはまるで「いいから、ここは引き下がってくれ」と言っているようにも見えた。(そういった表情をしているところは会議中3回ほど見ることができる)

 いずれにしても今日の採決は免れた。では、一体なぜ与党による民主党悪口大会ともいえるような異様な法務委員会をわざわざ開いたのか。
 おそらく、この悪口を記者団に聞かせて、週末のニュースで流れを変えたいと思ったのではないか。「民主党は卑怯だ」「態度や言葉をころころ変える民主党は信用できない」・・・そんなムードが少しでも漂うようになれば、来週再び法務委員会で採決ということもありうるのでは。そんな不安が拭えない。

 そんな使命を受けた記者団が、この件をどのように伝えたかが、冒頭のニュース記事である。これらを読むと、政府の思惑通りとはいかないが、与野党の対立という点のみが強調されていて、「共謀罪」の本質やそれに対しても拒否を示した野党議員の意図は無視されたままである。
 政治はゲームではないのだから、「対立」ではなく「本質」が問題にされるべきなのだ。それがきちんと理解され、反対のムーブメントが弱まらなければ、この「共謀罪」はきっと廃案にできると信じている。
 心おきなくワールドカップを楽しむのはそれからだ。

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June 02, 2006

国会に行きましょう

     【共謀罪 自民、民主案丸のみ 
      今国会成立の可能性も】

 「共謀罪」の創設を柱とする組織犯罪処罰法案について、自民党は1日夕の衆院法務委員会理事会で、民主党の修正案に賛成する意向を表明した。与党修正案は取り下げ、2日午後の同委で民主党案の採決を提案している。自民、公明両党はいったん同法案の今国会成立見送りを確認したが、方針を一転、民主党案を丸のみする形で今国会成立を目指すことになった。
(中略)
 民主党側には、与党の丸のみ提案に「二枚舌を使うのは政府、与党がよくやること」(菅直人代表代行)と警戒感も出ている。2日の委員会審議では、「民主党案は条約と合致しない」と繰り返してきた政府側が答弁を修正し、条約批准に向けて努力することを約束するよう求めている。
           (産経新聞) - 6月2日3時6分更新

 このブログをこういうことに使いたくなかったのだが、この際仕方ありません。このブログはアクセス解析がないので何人の方が読んでいるのかわからないのですが、一人でも多くの人が行動してくださることを祈ります。
 「共謀罪」が今国会で成立は不可と報道され、ホッとしていた矢先に悪夢のようなことが起きました。今まで4月28日、5月9日、5月16日、5月19日と強行採決と言われていた日にそれがされなかったのは、何と言っても世論の力です。

 4回目の奇跡を起こすべく、どうか行動をお願いします。ていうかね、こんなことだまし討ちみたいなこと、許されることじゃないと思いますよ。なんでこんなことで奇跡を期待しなきゃいけないのか腹が立ちます。(いえいえ、あくまで微笑みながら)
 私はこれから国会前に行き、午後から開かれる法務委員会を傍聴する予定です。皆さんもぜひ国会前へ。

6/2(金)採決阻止行動
 8:30~ビラまき
 9:30~終日座り込み(12:00昼集会)

どうしても行けないという方はサイバーアクションを。

     ***

 民主党案丸呑みなら、少しはましかという考えは(私も以前はそう思っていたのですが)間違いです。政府・与党はそもそも民主党案では、国際条約違反だと明言していたので、必ず次期国会で法の改訂を仕掛けてくるでしょう。盗聴法の改正なども予想されます。
 ちょうど今、NHKで朝の連続テレビ小説「純情 きらり」をやっています。だんだんと自由がなくなり、戦争に向かっていく時代が描かれていますので見てください。「共謀罪」ができれば、再びそういう時代になるかも知れないと思いながら見てみてください。

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May 25, 2006

共謀罪ウィーク2

 やっぱり「ジョナサン・ケイナー」はすごい! 5月13日(土)~19日(金)の山羊座のページにはこのように書いてあった。

プラカードを作ってデモをするのはひとつの手です。しかし、どんなにエネルギーを注いでも、めざましい結果は達成できないでしょう。もうひとつの手は、最も話をわかってくれそうな人を探し出し、なんとかコネをつけて、穏やかに話をすることです。一般的にいって、怒りに身を任せて不満をぶちまけるよりは、言葉を選んで説得を試みるほうが、遥かに自分の意思を通しやすいです。 

 「最も話をわかってくれそうな人」とは、今回の場合、河野洋平衆議院議長だったということか。彼は共謀罪を「国民の一大関心事」と言い、与党側は当初、19日中に強硬採決する方針だったが、それは回避された。
 同日の院内集会で、福島瑞穂社民党党首によると、小泉首相でさえ「平成版治安維持法が制定されたときの首相として名を残したくない」と言ったそうである。
 また、東京新聞のインタビューに答えた警察関係者によると「共謀罪」成立後には次のような混乱が予想されるという。
 1. “組織的犯罪の共謀”の自首(密告)によって、現場が人手不足になる
 2. それによって重大事件の捜査に支障が出てくる
 3. 減免よりも報復犯罪を恐れるため、組織からの自首(密告)は期待できない
 4. 予算獲得のために事件数の統計を伸ばすようになり、結果として「共謀罪」の拡大解釈が行われる

 野党や出版関係者だけでなく、日弁連も反対し、世論も廃案に傾き始め、首相でさえ「治安維持法」と認め、警察の現場からも上記のような声が上がっているこの法案は、一体誰のためになるんだろうという疑問が拭えない。
 私は基本的に、すべての事象にはいい面も悪い面も両方があるという考え方をする人間だが、「共謀罪」に関しては導入後に予想されるメリットが見当たらない。デメリットばかりで、しかもそれによる最悪のシナリオは、戦前の日本に前例となるケーススタディがあるではないか。
 この歴史に学ばないということは、先の戦争のあらゆる犠牲者に対する冒涜だと思うのは私だけだろうか。

 話は変わるが、この件で始めて国会(法務委員会)の傍聴をした。それをきっかけに衆議院のインターネット中継で本会議やいろいろな委員会のビデオを見たり、議員さんたちのサイトやブログを見るのがマイブーム(死語)になっている。
 ちなみに国会の本会議は憲法第五七条で「公開」が原則とされており、傍聴の申し込みは、衆議院、参議院とも当日受け付けとのこと。開会の三十分前から傍聴券が先着順に交付され、開会中も席が空いていれば入れるらしい。
 各種委員会や調査会は、「議員のほか傍聴を許さない」と国会法で定められているので、原則は非公開となっており、議員の紹介を通じて申し込み、委員長の許可が得られた場合に限って、一般市民も傍聴席に入ることができるそうだ。今回は民主党の平岡秀夫議員の紹介で傍聴することができた。
Bocho

 5月16日(火)の法務委員会では、日本ペンクラブの声明に法務大臣が「(法案内容が誤解されて)嫌んなっちゃう」と答弁したり、大林刑事局長と杉浦法務大臣の答弁が食い違っていたり、「まばたきでも共謀は成立する」という発言が出たり、素人目にも酷く混乱している様子が伺えた。
 一緒に傍聴したある男性は「国会傍聴を国民の義務にすべきだ」と言っていた。私も義務とまではいかなくてももっと敷居を低くしてすべての会議を公開にすべきだと思う(インターネット上では公開されているのだから)。

 21日(日)は中野で情宣活動。ユニークなパフォーマンスを試みたので、いくつかの媒体で取り上げられた。なかでも『朝日新聞』の反響は大きかったのではないだろうか。
 先々週、先週に比べて緊迫感は大分減った。けれども余談の許さない状況だという。どのように許さないのか、見当も付かないが、医療改革関連法案が非常に拙速な審議のまま採決されたように、共謀罪も「強行採決」となれば、それが十分可能だということなんだろう。
 けれども19日にそれが回避されたときのように、希望を捨てなくて良かったと思えるようになることを信じて、自分のできることを粛々とやっていこうと思う。 

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May 14, 2006

共謀罪ウィーク

 先週はまさに「共謀罪ウィーク」だった。「表現者たちの集い」の活動で、ほぼ連日、国会議事堂前に何度も足を運んだり、院内集会や反対アピールに参加したのだが、正直に言えば片道1時間半の往復を繰り返すのは難儀なことだった。
 メディアに関わる仕事をしている知人友人には、こうした活動への案内をメールで差し上げているが、人それぞれいろいろな状況や考えによって参加できないことがあるのは承知しているので、どうか心苦しさを感じないでいただきたいと思う。
 こういう活動は、無理をすると続かない面もあるので、できるときにできることを、できれば楽しんだり学んだりしながらするべきだというのが私の基本スタンスだ。そういう意味で、いい仲間に恵まれたことはとても幸運だだったと思う。

 ところで、私は毎週末「ジョナサン・ケイナーの星占い」というサイトで翌週の運勢を欠かさずにチェックしているのだが、先週の山羊座は「いま、あなたの人生で極めてまれなできごとが起こっているようです」とあった。
 確かに、“ノンポリ”を標榜している自分が、こんなに間近に「政治」というものを目の当たりにしたり、その立場や考え方を明確に表現することを求められるとは思わなかった。
 私にとって、人が平和な世の中で自由に自己表現して生きることは、地球が自転していることと同じくらい自明のことであり、そこに根拠や説明など必要ないと思っていたからだ。
 もちろん、これが世界の歴史や現実を無視したお気楽な(ある意味では傲慢な)考え方であることは自覚している。けれどもそういう議論の前に必要なのは、「平和」の感覚を多くの人で共有し、共感し合うことだと私は思う。
 
 平和は誰にとっても尊く大切なものだ。ただ、その大切な平和を守るためには、その場所を少しでも広げていこうとする努力が欠かせないのだということも事実。
 そのために、今回、神保町とお茶ノ水と霞ヶ関で共謀罪反対集会参加を呼びかけるビラを配ったのだが、受け取る人の割合は10人中せいぜい2~3人だった。3~4人が一応の反応は見せるものの通り過ぎていく。そして、通行人の約半数が目も合わせないままこちらの存在を“無いもの”として扱うのにはショックだった。
 これはどういう心理状態から来る態度だろう、と自分自身のことも省みながら考えたのだが、恐らく「自分の内面的な平和」を何よりも大切にする傾向によるものではないかと推察する。
 他の国と比べて日本人には「政治」や「社会」に対する関心が薄いと言われるが、それはこれらの問題が嫌が応にも個人にいろんな課題を突きつけ、人の精神にさまざまな波紋を起こすことが多いからではないか。
 そんな鬱陶しいものにはあまり関わりたくないし、できれば美しいものや楽しいものだけを見ていきたいという心理はある意味自然な流れだ。
 幸い、日本は四季による自然の美に恵まれ、今の時代には辛いことよりも楽しいことに目がいきやすい。そこに焦点を当てて物事を見ていくことで、とりあえず心の平穏は保たれるのも確かである。

 このことを悪いことだとは言いたくない。なぜなら自分の内側を平和に保てないと、それを波及させていくことは難しい(というより不可能だ)と思うからだ。
 けれども、現実を「見ない」あるいは「無いものとして扱う」ことで狭い範囲内の平穏を保とうとする態度も決して真の意味の平和にはつながらないということを、もっと多くの人が気付くべきだろう。
 「共謀罪」は決して心の平穏を約束してはくれないが、自分の周囲のごく限られた範囲内の平和にしがみつき自分の進行方向だけを見て、無言で突き進んでいく人々を今以上に増やすに違いない。
 彼らだって一人ひとりと話をしていけば、ほとんどの人がそうであるように自分の内側にある平和を広げていきたいと願っている人たちであるだろうに。

 共謀罪(正式には「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」)は、「人と人との絆と連帯を分断させる法」である。だから私は反対する。

 来週の予定には次のようなものがあります。ぜひご参加下さい。
●5月16日(火) 17時~ 国会前抗議集会
●5月17日(水)
 12時~13時 日弁連主催院内集会
       (参議院会館第5会議室)
 18時30分~ 緊急集会 場所/星陵会館
(千代田区永田町2-16-2 TEL03-3581-5650) 
123211052006


これは11日の院内集会の様子。左から魚住昭氏、吉田司氏、吉岡忍氏、アジアプレスの方(お名前を失念)、福島瑞穂氏

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May 10, 2006

共謀罪新設~ それでもあなたは賛成ですか?

【「共謀罪」拡大解釈に懸念 参考人、恣意的運用にも】

 殺人など重大犯罪の実行行為がなくても謀議に加わるだけで処罰可能な「共謀罪」新設を柱とした組織犯罪処罰法などの改正案は、衆院法務委員会で大詰めの審議を迎えている。与党側が早期採決を視野に入れる中、9日開かれた参考人質疑では、捜査当局の「恣意(しい)的運用」への懸念や「拡大解釈」の可能性といった問題点があらためて浮き彫りになった。
 「社長の自宅まで行って交渉を継続しようと(組合員の間で)あらかじめ合意、確認したことが組織的な監禁の共謀罪にされる可能性がある」
 参考人として出席した連合の高橋均副事務局長は、中小企業で労働組合を結成し労使交渉を進める場合、経営者を追いかけて交渉を求めるケースが少なくないことを紹介し、こうした場合でも共謀罪が適用される恐れを指摘した。
           (共同通信) - 5月9日19時38分更新

共謀罪についての情報は、他にもこちらをご参照ください。

 「共謀罪」だけが問題ではないけれど、とりあえず「共謀罪」です。4月28日の強行採決は見送られましたが、昨日(5月9日)の参考人質疑の後、今週末が次の採決日だと予想されています。
 けれどもこのような重要な法案の内容について、ほとんどの人はまったくといっていいほど知りません。だから、まず「共謀罪」について知ることが第一です。
 そして、その上で「やっぱり共謀罪は必要」と思う人が国民の大多数なら仕方ありません。なぜなら「多数決」も民主主義の原則の一つだから。

 けれども、その前に考えてほしいのです。
 本当に「共謀罪」で、自分や自分の愛する人たちの身を犯罪から守りきることができると思いますか?
 罰で取り締まれば、たくさんの人が幸せになる、いい世の中になるんでしょうか?
 悪いことを考えたり、話し合うような人は、取り締まられたり、罰を受けて当然なのでしょうか?
 そもそも悪いことって一体なに? 誰がそれを決めるの?

 私は「共謀罪法案」に反対です。たとえ、これが政府与党が言うように「労働運動や市民運動には適用しない」ことが本当だったとしても。「“本物の悪人”だけを取り締まる法律」だとしても、です。(共謀罪について以前に書いた記事はこちら

 そこで、「出版労連出版ネッツ」有志と「共謀罪に反対する表現者たちの集い」たちを中心に、本日(5月10日)、12時に神保町岩波ホール前で、共謀罪法案反対のアピールを行うことにしました。
 一人でも多くの人の理解と賛同を得たく、お知らせします。お近くの方、お時間のある方はぜひ足をお運び下さい。

 なお、この他にも以下のような動きがあります。こちらもよろしくお願いします。

●教育基本法改悪反対中央決起集会(出版労連)

5月10日(水)14時30分~15時30分          
日比谷野外音楽堂
のちデモ行進16時40分ころ終了


●共謀罪の新設に反対する市民と表現者の院内集会

5月11日(木)12時~13時30分
衆議院第一議員会館第一会議室
(地下鉄永田町駅・国会議事堂駅そば。
 入口ロビーで通行証をお配りしています。)

5月12日(金)12時~
衆議院第一議員会館第一会議室
(地下鉄永田町駅・国会議事堂駅そば。
 入口ロビーで通行証をお配りしています。)

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October 17, 2005

連帯と絆を断ち切る法

  こちらもなかなかニュースに出てこないが、「共謀罪」に関する法案が再び国会に提出されようとしている。
 “平成の治安維持法”と呼ばれているこの法律だが、正式には「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」といい、これによって新設されることとなる「組織的な犯罪の共謀罪」についての規定に対して、さまざまな立場の人から反対の声が上がっている。
 私も、“共謀罪に反対する言論人・表現者”の一人として共同声明に名を連ねており、9月19日に文京区で行われた集会にも参加した。

 とはいえ、恥ずかしながらこの法案要綱を見ても、何が何だかさっぱりわからないのだが、法務省の説明では、「組織的な犯罪の共謀罪」を新設することによって、国連総会で採択された「国際組織犯罪防止条約」に加入することができ、一層強化された国際協力の下で国際組織犯罪から守ることができるようになるのだという。
 さらに、この法律では「共謀罪を犯罪とするに当たっては,国際的な性質とは関係なく定めなければならない」として、“国際組織犯罪”とは無関係に「特定の犯罪が実行される危険性のある合意が成立した場合」には処罰されるらしい。
 
 対象となる法律名・罪名は五百数十にも及び、実際に罪を犯さなくても、その内容を共謀していたと認めれれば、それが犯罪となり、5年以下の懲役・禁錮とされてしまう。
 わかりやすい例としてよく説明されているのは、サラリーマンが酒に酔った勢いで気に入らない上司のことを「ぶっ殺してやれ」などと気炎を吐いただけで、「殺人を共謀した」として逮捕されてしまうというケースだ。
 また、民間の市民活動や反戦運動、労働運動などを行っている人にとっては、それが国の利害に反する場合、不当逮捕の根拠にされる可能性も高く、集会の自由、表現や思想の自由が侵される危険性とも無縁ではない。

 けれども、私にとってはこれらのケースは「共謀罪」を否定するための根拠として、リアリティに乏しいのが歯がゆかった。
 というのも、私は小心者のせいか、嫌な思いをさせられた人に対して「少しは不幸な目に合えばいい」ぐらいのことを思ったりはするが、やはり気持ちのいいものではない。
 ましてや死を願ったり、それを口にしたら、自分に禍がめぐってくるようで、なるべくそういう憎悪を抱かないように努力しているところがあるからだ。
 また、市民活動にも平和運動にもそれほど深くは関わっていないし、今後もその予定はない。文章表現というものを生業にしてはいるが、私ごときのヘタレライターが書く原稿がそれほど国の利害に反するとは思えないし、その影響力などたかが知れている。
 つまり、今の私の想像力の範疇では、この法律ができようとできまいとあまり影響はないのではないか、などと思ったりするのだ。

 同じように、この法案に対して一般のリアクションが薄いのも、“国際組織犯罪”、つまりテロを取り締まるという文句のつけようもない大義名分の影に、このような人々の意識も隠れているからではないだろうか。
「普通に仕事して、普通に生活している分には影響のないことだわ」
「この法律ができたら、ちょっとは行儀良くしておくか」
「あんまりお上に逆らうようなことをしなきゃいいんだし」
「自分には関係ないから、どうでもいいわ」と。
 けれども、それこそがこの法律の最も大きな問題点なのだと、自戒を込めて思う。
 人々の関心の範囲を自分とその周囲に狭め、視点から批判精神を抜き、世の中を無難に生き抜くために思考を停止させるという装置になりうる部分が、この法律の最大の問題点なのではないだろうか。

 民主主義社会が崩壊するという意見もその通りだが、それ以前に私は今の日本で一体どれだけの人が“民主主義社会”を心から望んでいるのだろうか、と悲観的に考えてしまう。
 というのも私自身が、“民主主義”が与えてくれたさまざまな権利や自由を根拠にした決定権の前で、その責任の重さや厳しさにつぶされそうになることも多いからだ。
 ともすれば明確な答えを出してくれる誰かに、決定を委ねてしまいたいと思い、指示に従って生きることの気楽さに逃げたくなることもしばしば。

 大事につけ、小事につけ、ものごとを決めるためには、そこにあるたくさんの選択肢について知らなければならない。にも関わらず、多くの重大な事実はたいてい複雑なシステムの陰に隠れてしまっている。
 それを見極めるためにはたくさんの知識を身につけ、情報を集めて吟味しなければならない。さらに自分が関わった決定の結果については責任もとらなければならない(連帯責任も含め)。
 民主主義社会で生きるということは、こういう厳しさを負って生きるということなのだ。民主主義が保障する権利と自由とは、ただ好きなことだけしてしていればいいという自由や、毎日楽しく暮らす権利ではないのだが、私のなかにこうした子どもじみた望みを捨てられないところがあるのも事実である。

 余談だが、『女王の教室』で真矢先生が「いいかげんに目覚めなさい」と言いたかったことも、善意に解釈すればそういうことだったのだろう。
 自己決定と自己責任の重さに押しつぶされている大人たちへの痛烈なメッセージと見ることもできるのだが、残念ながら脚本と演出があまりに稚拙で極端なため、(真矢先生のような強力な統率者が必要という)全く別の意味に解釈されているようだ。

 ジャーナリストやアーティストなどの言論人、表現者というのは、私たちの前に立ちはだかっている複雑なシステムの向こうから覆い隠されていた事実や真実を取り出すことを仕事としている。市民運動や社会活動などは、社会のシステムをわかりやすくし、より多くの人に適応させる方向性を作り出すことを目的としている。
 「共謀罪」によって、彼らの仕事がやりづらくなる、あるいは仕事そのものが不可能になることは絶対に避けなければならない。そして、普通の市民が彼らを支えたり、自分自身や他人の権利や自由を守っていける社会でありたい。
 「共謀罪」は、その連帯を分断する法律なのだ。
「国に逆らわなければ、とりあえず自分の平和だけは守れる」
「自分の周りさえ平穏なら、他のことは知らない」
 そういう気持ちのなかに入り込み、人と人の絆を断ち切っていくところが、何よりも恐いと思う。

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