December 20, 2005

裁判をしよう 5(完結)

 それから裁判までの間は割と落ち着いて過ごすことができた。真意はともかくとして、手続きの上では私とKさんにおける裁判の利害が一致したからである。
 私は出版ネッツ(以下ネッツ)のトラブル対策担当者M氏に経緯を説明し、出版労連の組織・争議対策副部長であるS氏に裁判に向けてやるべきことについてのアドバイスを求めた。
 相談に立ち会ってくれたM氏にしろ、このS氏にしろ、いくつものトラブルの経過を見守り、労働者側の立場に立って多くの裁判を支援してきたベテランである。S氏は私に対して次のようなアドバイスをくれた。
 まずは内容証明の文書とその返事を裁判所に「追加証拠」として提出すること、今の民事訴訟を少額訴訟に切り替えることである。
 「このケースだったら、当事者同士でのやりとりで和解することも十分可能です。何なら裁判を取り下げて代わりに組合担当者が立ち会って条件を取り決めてはどうですか。裁判をするにしても普通の民事訴訟よりも少額訴訟の方がいいんじゃないかな。このままでも多分1回で結審するとは思いますけどね」
 ここに来て、組合の立ち会いで和解という選択肢も出てきたのである。けれども、「せっかくここまでやったんだから最後までやってみたい」というだけ理由ではあったが、訴訟の取り下げはしたくなかった。

 しかし、少額訴訟に切り替えられるならそうしてもいいと思い、「追加証拠」を提出するときに、裁判所の窓口でその旨を伝えてみた。だが、いったん民事訴訟で受け付けた訴状を少額訴訟にすることはできないと言われた。
 そのときである、通路の奥の部屋から女性の金切り声が聞こえてきた。「この人は鬼です!」とか「ひとつ間違えば命にだって関わっていたんですよ!」という言葉を叫んでいる。その合間に男性が「静かにしなさい」「落ち着きなさい」とその声の主に向かって怒鳴る声も聞こえる。
 驚いて声のする部屋の方を見てみたら、ドアから最初に叫んだ女性が両脇を男性に抱えられて出てきた。少し落ち着きを取り戻したようで、そばの男性にしきりに文句を言っている。
 彼女は原告なのだろうか。いずれにしても、普段の生活では大人が感情にまかせて大声を出す場面になど滅多に見かけないので、それはひどく不自然な光景だった。はっきり言ってしまえば、2時間ものの推理ドラマのワンシーンを見ているようだった。
 目の前を通り過ぎる三人を呆然と眺めている私に、Eさんは「心配しなくて大丈夫ですよ。通常の裁判はすぐ終わりますから」と言い、それは本当にその通りだった。
 
 裁判当日、ネッツからM氏と執行委員のSさん、Yさんが傍聴に来て頂けることになった。最寄りの駅で待ち合わせ、私の車で裁判所に向かう途中、M氏から本当に先方から出された和解の条件でいいのかと確認された。
 確かにM氏が言うとおり、Kさんが出してきた条件とは、3年以上前から支払いが滞っている金額をさらにこれから2年かけて払うという非常に気の長い話である。
 「そりゃ、せめてあと3回くらいで払ってもらいたいのが本音です。けれどもそれができないから裁判まですることになったんだと思います。私にとって一番大事なのは、数千円ずつでもきちんと支払ってもらえることで、その約束が反故にされないことです。時間がかかっても、ランニングコストの一部をKさんに負担してもらってると思えればその期間は私にとって無駄じゃありません」と私は言った。
 けれども、その自由はあるだろうということで、一応裁判では「支払期間の短縮化」を主張することにした。ここまできたら「どんな経験を得られるか」ということもこの裁判の重要な収穫になるはずだ。

 裁判所には10時10分前に到着した。霞ヶ関はいざ知らず、田舎の小さな簡易裁判所には待合室のようなスペースさえなく、受付窓口前の、私が証拠を揃えたり、印鑑を押すのに使ったテーブル近くにあるベンチ付近で開廷時間まで待っていた。
 その日の午前中に行われる裁判は確か7件ほどだったと記憶している。原告のほとんどが消費者金融や債権回収業者で、被告は債務者である。
 法廷といっても全体で20畳ほどの広さの部屋で、柵で仕切られた傍聴席は14~5人も座ればいっぱいとなった。裁判を行うところはニュースなどで見るように、一番高いところに裁判長の席があり、その一段下に書記官(Eさん)が座る。入り口の近くに受付などの事務手続きを行う役職はわからないが、職員がもう一名陣取っていた。
 そこで受付を済ませた後は、傍聴席で待つように言われ、Mさんたちと4人で他の人の裁判を傍聴することになる。
 裁判長の席の下に被告と原告が向かい合って座る席がそれぞれある。裁判長の席との高低差は激しく、実際に座ると真上から見下ろされているような印象があった。
 私の前に3件ほどの裁判が行われたが、はっきり言って内容は頭に入っていない。やはり緊張していたのだろう。そうしているうちにKさんが法廷に入ってきた。風邪を引いているらしく、マスクをしている。それでも私と目が合うとお互いに軽く会釈した。

 いよいよ私の番がきた。今考えるとテープレコーダーで録音をしておけば良かったのだが、持参はしていたものの、すっかり忘れてしまった。従ってこれから先のことは、記憶だけを頼りに書いている。
 どうやって始まったかも忘れてしまったが、確か原告被告双方の名前が呼ばれ、訴状と答弁書の内容を早口で読み上げた後、裁判長はKさんが提示してきた和解の条件を私に確認した。
 私はそれに対して、予定通り「希望としてはもう少し支払時期を短縮していただきたい」と言うと、Kさんは即座に「それは無理です」と答えた。
 それを聞いて裁判長はKさんに「あなたの仕事は何ですか?」と尋ねた。「書籍の編集です」とKさん。裁判長は私に向かって「あなたね、この人はこれ以上の条件では払えないと言ってる、だったらこれで納得するしか仕方ないんじゃないの」という内容のことをくだけた口調で言った。
 「けれどもそんなに長期間にして途中で支払いが途絶えたらどうなるんでしょう。それが心配です」と私が言うと、裁判長は何かを書きながら左手で私を制するような動作をして言った。
 「それはね、ちゃんと調書に書きますから」と言いながらその場でメモしながら7つの和解条項の文案を慣れた様子で作成し、途中で私に銀行の振り込み口座を聞いた。私は財布からキャッシュカードを取り出して銀行名、支店名、口座番号と名義を告げた。

 裁判長はなおも早口で和解条項を読み上げる。「3、被告が前項の分割金の支払いを2回以上怠り、その金額が*円に達したときには、当然に期限の利益を失う。4、前項により期限の利益を失ったときには、被告は原告に対し、直ちに第2項の残額のほか、これに対する期限の利益を失った日の翌日から支払い済みまで年10パーセントの割合による遅延損害金を付加して支払う。」
 「だからね」と裁判長はKさんに向かって言った「必ず約束どうりに払わなきゃダメよ」。そして私に向かって「ちゃんとそう書いといたからね」と念を押した。
 つまり、支払いが滞った場合にはペナルティが発生するようにしたということであり、そのことがKさんに対しては約束不履行への抑制となり、私には安心材料になるだろうという意味なのだと思う。
 「なのだと思う」というすっきりしない表現なのは、どうも自分の裁判なのに、私の当事者意識とは別のところですべて裁判長のペースで進められた感があるからである。

 それが悪いとは言わないが、本当に「あれよあれよ」という間に私の裁判は終わり、「はい次」と別の人が呼ばれた。正味5分もかからなかったであろうこれらのやりとりに、私たちは法廷を出て「一体今のは何だったのだろう」と顔を見合わせた。
 あまりにあっけなさすぎて、遠方から来て頂いたネッツの方々に申し訳ないと思ったくらいである。Kさんでさえ、現住所の場所からきたとすれば片道2時間はかかっているはずである。けれども私たちは一言たりともまともに言葉を交わさなかった。
 後日、和解条項が記載された「第1回口頭弁論調書」が出来上がったから取りに来るようにという電話が裁判所から入った。通常は書留で郵送されるらしいが、私は追加証拠の送付などで、最初に預けてあった切手の代金が超過してしまったので取りに行くことになったのだ。

 こうして私の裁判は終わったらしい。けれども果たしてこれで本当に問題は解決するのだろうか、という不安は正直に言ってまだ拭えない。
 Kさんからの支払いが始まるのは来年1月からである。それから滞りなく支払われ、2年後に完済されてはじめて解決したといえるのだ。
 もっと大事なのは、もう二度とこのような憂き目には合わないようにすることだ。具体的にはクライアントを見極め、信頼関係が築けるところだけと取り引きをすることだ。とはいってもそれがなかなか難しいのだが、そうでないところと仕事をすることになっても最低限、料金の不払いだけは防ぐようにしたい。
 どちらにしても、これから先の問題であり、裁判イコール問題解決ではないことがようやく私にもわかってきた。では裁判を起こしたことは無駄だったのかといえば、決してそんなことはない。

 この裁判の大きな収穫のひとつは、いろんな人に助けを求め、支えられたという経験が得られたことだ。フリーランスの仕事は、基本的に一人で成立し、問題に直面したときも一人で解決することが多い。そのことがトラブルの際の泣き寝入りにもつながっている。
 私とて、Aさんを始めとしてネッツの方々や私的な友人知人の助けがなければ裁判などしなかっただろうし、やっても途中で挫折していたかもしれない。
 司法制度の改革で裁判所への間口が広がったと言われているが、それでもまだまだ一般市民にとって裁判は非日常だ。けれども、「私にもできた」ということがやはりささやかながらも自信になっている。
 支えてもらった人への感謝は次に自分が支える側に立つことで恩返しをしたい。もしも私と同じような問題を抱えた人がいたら、できる限り力になりたいと思って細かいことも含めて長々とブログに書いたし、ここでは個人や法人や金額に関する情報は伏せたが、必要な場合には開示するので、メールでご連絡頂けたらと思う。

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December 15, 2005

裁判をしよう 4

 私は出版ネッツという出版業界で働くフリーランスのための労働組合に加入している。
 ここのメーリングリストに裁判について投稿した。というのもちょうど原稿料不払いについての話題が上がっていたからである。

 「関東の藤崎(ライター)です。実は今日、地元の簡易裁判所で5年前の未払いギャラの訴訟を申し立ててきました。
 (中略)今はまだ、詳しいことは書けませんが、結果が出たら報告させて頂きます。
 いずれにしても、お金のトラブルは本当に気持ちが落ち込みますね。私にも反省すべき点はたくさんありますが不誠実な業者には腹が立ちます。
 今の教訓を標語風に表現すると「弱気は禁物、泣き寝入りはノー! 早め早めのアクションで、不払いゼロに」というところでしょうか。皆さんにはぜひ私を他山の石にして後悔のないように、とアドバイスさせてください。」

 このメールを読んで、私に今回の仕事を仲介してくれたK氏が連絡をくれた。ちなみに被告のKさんも2年ほど前に脱退するまではメンバーの一人だった。
 あらましを聞き、「そうでしたか、なかなか大変でしたね」とK氏が言う。
「はい、 向こうが時効のことを知った上で、時間稼ぎをしていたとしたら、敗訴の可能性は高いですね。この期に及んで相手の良心に賭けているという皮肉な状況です。最初からビジネスライクな対応をすべきでした。」と、私。
 すると、K氏はふと思いついたようにこんなことを言った。
「今からでも内容証明を出してみたらどうです?」
「今からですか?」
「やらないよりはましでしょう。それで向こうの出方を見てから次のことを考えてもいいし」
 確かに「やらないよりまし」だった。けれども内容証明付きの請求書を見ても「時効ですから払いません」と言われたら、それこそ裁判の意味はなくなるし、だからといって取り下げたとしても費用も戻ってこないだろう。
 裁判の日まで、Kさんの誠意に賭けて待つか、その前に払う意思があるのかどうかを確かめるか、しばらくの間、私は迷った。

 ところで証拠として裁判所に提出した書類の一部に、Kさんから私に当てた「借用書」がある。そこには、原稿料の未払い分の金額が書かれており、「上記の料金をお支払いすることをお約束します。」と認められていた。
 さらに直筆で欄外に「本当に申し訳ありません。頑張ってお支払いできるように致しますのでお許し下さい」とあり、その文字を見ると、時効を見越して不払いを決め込む人ではないということを信じたくなる気持ちも起こってきた。そう考えると、人を追いつめている自分にも何だか良心の呵責を感じるのだった。
 「しかし、待てよ」と、同時にまた別のことを考えている自分もいた。「借用書」というものは借りたお金に対して出されるものではないか。
 Kさんは未払い分の原稿料を私に「借りた」という考え方をしてこの「借用書」を送っているのだ。これを「借金」と解釈することはできないだろうか。
 ネットで調べてみたら、「請負代金」の時効は3年だが、「個人的借金」の時効は10年である。この借用書を根拠に、「未払いの請負代金ではなく、お貸ししているお金を返してください」という話をすることにはできないだろうか。
 
 その筋書きを作るために、「貸している**万円」を返してもらう請求書を出そう、と私は思い、生まれてはじめて内容証明郵便というものを作成した。
 作る上での一番の注意点は書式が決まっているということで、縦書きの場合だと用紙1枚につき26行以内、1行20字以内となっている。
 内容は次のようにした。
 「貸金請求書
前略  ご無沙汰しております。私は、平成十四年 *月*日 某書籍の未払い原稿料に相当する金**万円をお貸ししておりましたが、現在に至るまでお返しいただいておりません。
 つきましては本書面到達後一週間以内に金**万円をお支払い頂くか、今後の返済について文書にてお知らせ頂きますようお願いいたします。  草々 日付/私の住所・氏名(捺印) /Kさんの住所・氏名 」
 これを3枚作成し(原本+コピー2)、郵便局の窓口に提出する。そうするとこれが「内容証明であるという旨の郵便局長署名印と日付の印が所定の場所に押され、一部が自分用として返される。
 3枚あるうちのもう一部が郵便局の保管用、残りが相手に送付されるというわけだ。

 この内容証明を出した3日後、裁判所に「期日請書」をファックスした。同じ日、Kさんからの返事が届き、それにはこのようにある。
 「(原稿料の)残金が**万円についてお支払いできていないことを大変申し訳なく思っています。(中略)下記のような条件でのお支払いでご了解いただければと思っております。」
 「やった!」
これを見て一番に思ったのは、時効で敗訴になる可能性がなくなったことへの安堵である。けれども、同時に内容証明への返事を出した途端に訴状を受け取るKさんの心情についても考えてしまい、私は慌てて次のような手紙を出した。
 「前略 お手紙ありがとうございます。誠意あるお返事を頂き、うれしく思います。けれどもこれまで何度もKさんに裏切られてきたことも事実です。恐縮ではありますが、この度は法的な場でお約束を頂きたく、手続きを取らせてもらいました。お手数ですが、ご足労いただければ幸いです。(後略) 草々」  

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December 12, 2005

裁判をしよう 3

 訴状は三枚綴りとなっていて、それぞれ1枚目は被告に送られ、2枚目は裁判所に保管され、3枚目が原告用となっている。
 間違いがないように丁寧に書いていき、少しでも不明な点は、窓口で聞いてから書くために空欄にしていった。私とKさんとの間でやりとりされた書類も被告への送付分、裁判所保管用の2部ずつコピーを取り、印鑑を持って訴状を出しに行った。
 窓口で対応してくれたのはEさんという若い女性の書記官だった。彼女は手早く書類に目を通し、空欄の書式と証拠書類のまとめ方などをてきぱきと指示してくれた。
 とにかく何もかもが初めてのことで、私は小学生のように一つひとつの作業を確認しながら作業を進めた。印鑑ひとつだっておろそかにはできない。押す場所や捨て印、割り印といったもやり方も、きちんと決められたを方法を守らなければいけないのだ。
 証拠書類も時系列に古いものから上に重ねていき、裁判所で「証拠書類甲  号」というゴム印を借りて押し、赤ペンでナンバーを記していく。
 そして訴状、証拠書類とも、それぞれ被告用、裁判所用にホチキスで留め、窓口に提出する。要領の悪い私はたったこれだけのことをするだけでへとへとになってしまった。

 次にEさんは近くの司法書士事務所で切手セットを買ってくるよう私に言った。これはいろんな種類の切手が4千円分ほどのセットになっていて(金額と種類が書かれた紙を渡されたのだが、紛失してしまった)、これを使って被告や原告に訴状や調書を送付するらしい。
 裁判所から数十メートル離れたところにある、これまた殺風景で愛想のない司法書士事務所でそれを買い、手数料2千円を支払ってようやく訴状を提出する。
 「少々お待ち下さい」と言われること数分、私はEさんに呼ばれて窓口に言った。Eさんは分厚い法律書を片手にこんなことを言う。

 「請負代金の請求権は3年を過ぎると失効してしまうんです。今回の件については、2002年の2月下旬を最後に被告とやり取りした証拠が途切れていますね。これ以降、内容証明付きの郵便で請求書を出すなどの措置をとられていますか?」
 「いいえ、この証拠が書面でやり取りした最後の記録になるはずです。口頭で『払います』という話は出ているのですが。」
 「それでは証拠になりませんね」
 「となると、裁判をやっても負ける可能性が高いですか?」
 「そうとも限りません。相手に払うつもりがあれば払ってもらえるし、時効のことを知らない可能性もあるでしょう。けれど、時効を主張されたら、非常に厳しい状況になりますね」
 「N研究所のAさんという方が、今年の夏、Kさんを相手に東京簡易裁判所で同じ案件の少額訴訟を起こして和解が成立しています。Aさんが証人に立てば大丈夫でしょうか?」
 「何とも言えません。裁判で相手がどう出るかは、始まってみないとわからないんです。とにかく、今は訴状を提出されたのだから、このままやってみてはいかがですか」

 「確かにそうですね。ここまでやったんだからやってみます」
「ここまでやったんだから」という理由だけで、負けるかも知れない裁判をやるのはバカげているかも知れないが、そのときの私は、ただそれだけのことしか頭になかった。
 今さら告訴を取り下げたりしたら、もう私は二度と動かないだろう。ということは、ここまでやったことがすべて無駄になるだけでなく、今後もこの裁判のことについては、非常に後味の悪い記憶として残るに違いない。
 「裁判なんかやってもどうせ無駄」という思い込みが、意識や行動や、あるいは無意識のなかにすり込まれそうな気がする。そんな自分になるのも嫌だった。

 訴状は、裁判所に受け付けられた後、被告に速達で届けられ、同時に裁判の日時と場所を指定されるそうだ。
「ここでは毎週月曜日に裁判が行われます。今からだと11月の第3、第4と12月の第1月曜日が空いていますが、いつにしますか?」とEさん。
 「私が決めてもいいんですか? 相手の都合を聞かないで勝手に決めてしまってもいいんでしょうか?」
「基本的に、原告が決めることになっています。被告の申し出によっては変更されることもありますが、その場合にも原告の都合が優先されます。」
 その時点ではまだ10月、本当はいつやっても構わなかったのだが、かといっていつやりたいという希望もなかった。迷っている私を見て、Eさんは一枚の紙を差し出した。
 「まだ予定がわからないというなら、後でこの用紙に日付を書いてファックスで送ってくれればいいですよ。」
そこには「期日請書」とある。上部に原告と被告の名を書く欄があり、「上記当事者間の御庁平成17年(ハ)第***号請負代金請求事件の口頭弁論期日を平成17年   月   日午前10時00分と指定告知されましたので、同日時に出頭します。」と書かれている。この空欄の日時を自分で埋めてファックスしろということだ。

 私は恭しくその紙を受け取った。頭の中は大混乱であるが、突き詰めて考えると、まだ裁判の日にちが決まってないこと、そして時効が成立して敗訴の可能性があること、この二つの事実が重く、大きくのしかかってきた。
 窓口の前で、呆然と立ちつくす私に、60代くらいの女性が話しかけてきた。
「裁判のこと、わかりますか?」
「いいえ。初めてのことなので、何から何まで慣れなくて。もちろんこんなこと慣れたくもないですけど」
 間の抜けた私の受け答えに、表情をゆるめて彼女は言う。
「そうですよねぇ。私は地元で薬局を営んでいる者なんですけど、仕入れ先ともう十年以上もめてましてねぇ」
私はこの女性ともっと話をして慣れない裁判への不安を共有したかったのだが、そのとき窓口で名前を呼ばれた彼女は行ってしまった。
 取り残された私は裁判所の窓口の前で居場所を失い、重い足取りで家路についた。

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December 10, 2005

裁判をしよう 2

 昨年末に書いた『裁判をしよう 1』から約1年を過ぎて、ようやく続編を書くことができた。
 ここまで時間が経ってしまったのは、何と言ってもやはり「人を訴える」ということへのアレルギーや居心地の悪さによるものだ。
 私は、基本的に人と競争したり争ったりすることが嫌いだ。そんなことをするくらいならいっそのこと最初から負けてしまった方がまし、と思っているようなところさえある。そういう意気地のなさが、今回の件についてもずるずると行動を先延ばしにしてしまっていた。

 8月、法律相談に同行したN研究所(仮称)のA氏から、「Kさんを相手に東京簡易裁判所に少額訴訟を起こし、分割払いでの和解が成立した」との報告を受ける。
 A氏のメールには、「裁判は15分で済みました。私ができることは協力しますので、ぜひ裁判に持ち込んでください。今回の未払い残金は少額なので普通なら赤伝を切るところですが、 裁判の手続きを皆さんに伝えるためにあえて告訴しました」 とある。
 「皆さん」とは、私を含む、Kさんが企画・編集したシリーズ本の著者3名であり、私以外はA氏と同様N研究所の職員である。
  本業による収入が十分にある(と思われる)彼らが訴訟を起こさないのは、それが割に合わない行動だということが分かり切っているからであり、A氏が例外的な行動をとったのは、あくまで義憤に駆られてのことである。

 恐らく私にも、A氏の熱意に報いたいという気持ちがなければ、あいまいなままにしていたに違いない。ようやく重い腰を上げたのは、仕事のスケジュールがぽっかりと空いた10月の下旬だった。
 その日、意を決して私の居住地の所轄である簡易裁判所に電話をかける。
 「原稿料の未払いで少額訴訟を起こしたいんですが」
「そうですか、それでは『請負代金請求事件』ということになりますね。けれども私どもの裁判所では少額訴訟をお勧めしません。なぜなら、少額訴訟は1回で結審してしまうので、素人の方にとっては、証拠が揃わなかったり、上手く受け答えができなかったりと不利なことが多いんです。
 なので1回目の口頭弁論で上手くいかなかった場合でも、2回目以降にチャンスがある通常裁判にした方がいいと思います。費用も手続きも同じですから」

 「未払い原稿料の裁判イコール少額訴訟」とインプットされていた頭には、この新しい情報はそれだけで混乱のもとだった。
 不甲斐ない私は「私ができることは協力します」という言葉を頼りに、そのままA氏に電話する。A氏は、当然ながら「裁判所がそう言うならそうしてもいいんじゃないでしょうか、費用も手続きも同じならなおさら」と言うばかりである。
 裁判は孤独な戦いだ。自分で足を運び、自分で情報を集め、可能な限りの選択肢を集め、そこから最適と判断されるものを選んでいく。少額訴訟か、通常の民事訴訟か、それを決めるのも私でしかない。 
 いつまでも迷っていても埒があかないので、とにかく裁判所に書類をもらいに行くことにした。裁判所は私の自宅から車で30分ほどの距離にある、役所然とした建物である。今まで何度か前を通りかかったことはあったが、中に入ってみてもやはり殺風景だ。

 窓口で書類をもらい、書き方の説明を受ける。確かに、訴状の書式は統一されており、「少額訴訟による審理及び裁判を求めます。」と書かれた欄をチェックするかどうかで通常の民事訴訟か少額訴訟かに分かれる。
 この訴状の書類以外に「請求の主旨/原因」と書かれた用紙を渡された。この用紙は書かれている空欄を埋めたり、該当する選択肢にチェックすることで、訴状に書く内容を手短にまとめることができるようなマニュアルみたいなものである。 
 確かに「主旨」や「原因」と言っても、どんな内容をどこからどこまで書いていいのかわかりはしない。『請負代金請求事件』の訴状を書く要点は、
1.「どのような」金を、「いつ」「いくら」もらう約束をしたのか
2.それは「いつ」「いくら」支払われたのか
3.「いくら」残っていて、「いくら」請求したいのか
 ということを書けばいいだけなのだ。その金にまつわるストーリーを延々と綴る必要は全くない。
 この訴状に、証拠を添付して提出すれば、訴訟の手続きをしたことになる。テレビのように「訴えてやる!」と啖呵を切るのは簡単だが、気の重い、面倒な作業である。
 私も、電話をして訴状の書類を取りに行くまでに数日間、その後訴状作成までに一週間を要してしまった。しかも、ようやく訴状提出という段になって、とんでもない事実が発覚したのだ。

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December 23, 2004

裁判をしよう 1

 私には著書と呼ばれる本が一冊だけある。この本の責任者であるフリー編集者、Kさんを来年早々にでも訴えることにした。
 この本が出版されたのは2000年の10月、“シリーズもの”としてほぼ同時に4冊刊行されたうちの一冊であり、いずれも単価は1600円で印刷部数は5000部、4年後の現在アマゾン、bk1、紀伊国屋のサイトで見る限りほぼ完売状態である。
 原稿料は印税(単価×発行部数 の約1割)ではなく、買い取りという契約だったため、上記のような条件で出版された本の相場から見ると著者に支払われる金額としてはすごく少ない。だが、この件に関しては私も納得して仕事に取りかかったのだから今さら文句を言うつもりはない。問題は約束した金額がきちんと支払われていないことだ。

 通常、こうしたギャラは発行元である出版社が支払うことになっている。しかし、この本はKさんからの持ち込み企画として採用され、編集代行費という形で、版元からKさんに対してすでに必要経費が支払われていたそうだ。そのなかに著者の原稿料も含まれていたため、出版社には支払い義務が発生しないのだ。しかも、この会社も今では倒産し、もうない。
 このような出版不況を理由に資金繰りが苦しいと言い訳するKさんに、私は同じフリーランスで働く者同士としての立場から訴え、「分割でいいから」という条件で半分ほど支払ってもらえた(同シリーズの私以外の著者は某大手シンクタンクの研究員)。恐らく、Kさんに対して私以上に強く訴えたA氏は全額支払ってもらえたという。あとの二人は全くの不払いである。
 理不尽きわまる話ではあり、怒りが収まらないが、目の前にある次の仕事に忙殺されるうちに、対処のエネルギーも方法論も尽きてしまったらしいお二人の気持ちはよくわかる。私も半分支払われるまでに至る精神的消耗によって、これ以上の交渉が億劫になってしまったのだから。
 請求書を送り続けるのもむなしく、電話で言い合いをしたり、ファックスで手紙をやり取りするのにも疲れ、この2年ほどはすっかりあきらめの境地に達してしまった。
「支払われることのない原稿料をあてにするより、その時間やエネルギーを次の仕事に使い、失われたギャラを取り返そう」
などと無理矢理発想を前向きにしても、ときどき思い出しては、Kさんに対する怨嗟に似た感情を抱き、そんな自分に嫌気がさし、複雑に絡み合ったさまざまな感情を持てあましては再び消耗するのである。

 だから先週、Aさんの呼びかけで丸の内の弁護士事務所へ無料相談に出かけたときも、正直に言えば真剣に行動を起こそうと考えてのことではなかった。
 A氏によると、その後のKさんは、今回と同じような不払いのトラブルをいくつも抱えており、そのうちの何人かに裁判を起こされたようである。しかし、被告人の支払い能力も考慮され、調停によって和解が成立したとか。その条件は月々数千円ずつの気の遠くなるような回数の支払いである。
 それが滞れば、裁判所による強制執行の手続きが取られるそうだが、Kさんに資産がなければ意味がない。例えば不動産を持っていても、ローンが残っていれば、抵当に入っていれば、競売にはかけられないし、貯金なども名義を変えられれば手は出せない。
 
 恐らく、今回訴えても、同じような形で結着するのだろう。月々数千円ずつの支払い、あてのない強制執行、さらに相手が破産すれば請求権すらなくなる。
 しかし、それでもあえて裁判をやってみようと思うのである。訴状を作成し、裁判所に証拠とともに提出し、出廷し、裁判官や被告とやり取りする。これらの手続きやそれに伴う時間的、物理的、精神的消耗を考えると、割に合わない行動であるのは確かだ。
 「支払われることのない原稿料のことにエネルギーを費やすより、違うことに使う方が前向きではないか」という考え方も理はある。しかし、それが私特有の“逃げ”であることにもすでに気が付いているのだ。
 自分が消耗しないための、あるいはプライドが傷つかないための妥協や欺瞞。好ましくない現実に立ち会ったときのこうした“逃げ方”が、他の仕事や人生全体に悪影響を及ぼしている部分も確かにある。
 そんな自分のブレイクスルーとして、裁判をしようと思っている。そんな裁判の記録をここにリアルタイムで記していくつもりだ。

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