June 28, 2006

I'm OK, You're OK. ~「性」は個人的問題にあらず2

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 『ジェンダー・バッシングを超えて 女も男も-自立・平等ー№107』(労働教育センター)の仕事をしました。私はこのなかで3本のインタビュー記事と2本のルポルタージュを担当しています(本書での筆名は「藤崎」ではありません)。

 ・ジェンダー・バッシングの意味するもの -経緯と背景 (細谷実氏/関東学院大学教授)
 ・男女共同参画基本計画(第2次)策定過程での「ジェンダー」論争(ルポ)
 ・社会システムとジェンダー 誰にも出番があり、やりなおしできる社会に(大沢真理氏/東京大学教授)
 ・いまこそ、子どもの現実に即した性教育を(原田瑠美子氏/東横学園中高等学校教諭)
 ・医療従事者とのネットワークで性教育を(ショートルポ)

 これ以外にも興味深い記事がたくさんあり、多くの人に読んでいただきたいと思っています。(インターネットでの注文はこちらから)

 さて、ひと通りの取材と編集過程を経た今、書き足りていないこと、後から気が付いたことなどをここで綴ってみたい。

 とくに本文中には書けなかったが、内閣府に取材したとき男女共同参画基本計画(第2次)策定に携わった担当者から受けた、疲弊しきったような印象は忘れられない。
 たしかに立場によって大きく考え方が異なる「男女」の問題を「社会」的に論じながら、それぞれをなるべく中立的に採用し、政策に活かしていくという作業は、考えただけでストレスのたまる仕事だっただろう。
 しかも、現在の男女共同参画会議議長は安倍晋三議員である。次期首相候補にして保守派の先鋒とされる人物であり、山谷えり子参議院議員とともに「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」を立ち上げ、政府や自民党内でのジェンダー・バッシングを担ってきた。
 その彼が目指すところの「男女共同参画社会」とはどういうものなのだろうかと考えると、今なお続いてるであろう件の職員の苦悩が容易に想像できてしまう。

 だからこそ私は本書のなかで次のように書いた。

「(立場や考え方を包括的にとらえたという意味で)名より実を採ることにした内閣府の判断は賢明だったと思う。また、「ジェンダー」を定義付け、その認識を広めていくという姿勢も評価する。なぜなら、わが国の現状では「「社会的性別」(ジェンダー)が存在する」という認識を根付かせることが、まず第一義と思われるからだ。」

 この記事でも書いたけれど、「性」というのは多くの場合、個人的な問題として扱われる。
 男女が違うということ、性差があるということは、どうしようもない事実である。だから男であれ、女であれ、それぞれがその現実を受け止めて、その前提のうえで自分の生き方を追求すればいい。
 その結果がどうであれ、それは個人の能力や努力によるものであり、社会的な課題とは一切関係ない。これが「生物学的性別=性別」とする社会の前提だったと思う。

 しかし、「ジェンダー(社会的性別)」という概念の出現によって、それが必ずしもそうではない、ということが明らかになってきた。
 教育や就労などの機会を均等にしていくことで、個人の能力や努力、あるいは運、そしてそれらの組み合わせによって生まれている状況を越える変化があるということが、いろいろな事例によって証明されたのである。
 この“いろいろな事例”を生んだ「教育や就労などの機会均等」の裏には男女雇用機会均等法や育児休業法、男女共同参画社会基本法などの法整備や社会システムの枠組みがある。

 けれども、かつての「“性”は個人的な問題である」という前提ともそれなりに折り合いが付いている人にとってはこのような流れも「私たちは男性は男らしく、女性は女らしく振る舞い、生きることで上手くやってきた。だからこれからもこのやり方を変えるつもりはない」という反応があって、それは今でも続いている。
 そしてもうひとつ、今後の課題や達成目標はまだあるものの、男女共同参画社会という成果がそれなりに得られている現実のなかで、それを支えているいろいろな制度を意識しないまま、「“性”は個人的な問題である」という意識に回帰してしまっている人たちもいる。
 多重構造の「ジェンダー・バッシング」のなかでも、この二つの層は厚い。だからこそ、「「社会的性別」(ジェンダー)が存在する」という認識を根付かせることが、まず第一義」だと思ったのだ。

 今後、彼らと共有すべき認識は、「ジェンダー・フリー」あるいは「ジェンダーに敏感な視点」という概念が個人の生き方を束縛するものではないということである。
  “性”そのものはきわめて個人的な領域に属しており、自分のセクシャリティをどうとらえ、表現していくかということは、基本的に本人の決定権に委ねられるべきだ。それを社会的に保障するということがまず重要だろう。
 たとえば私は自分の女性性に対してアンビバレントな感情を抱いているので、さまざまな場所における、さまざまな人に対するコミュニケーションでセクシャリティを含む自己を上手く表現できているとは言いがたい。(これが上手い人がいわゆる「いい男/女」と呼ばれる人なのだろうなと思う)
 そして、パートナーに対するコミュニケーション能力の低さが離婚原因の一端であるとしても、そのことが社会的なハンディを負うことにつながってはならないと考える。

 事例を私自身から離すと、トランスジェンダーを含め、すべての人にセクシャリティを含めた「自分らしさ」があり、それを表現することへの抑圧が社会的に行われてはならないし、逆にセクシャリティのあり方について一定の基準を設けたり、それが押しつけられることがあってはならない。
  「ジェンダー・バッシング」のなかにある考え方もまた、セクシャリティのあり方について社会的な基準(「結婚後の女性も就労すべきだ」「男性も家事や育児をすべきだ」など)があることへの不快感なのだと思う。その不快感に基づいた誤解を解かなければならない。
 
 「社会的性別」(ジェンダー)は存在するが、それに対してどういう立場をとり、どう扱うかについての自由は、数の大小を問わず社会が最大限保障しなければならない。
 だから当然、従来の「男らしさ、女らしさ」を自分のセクシャリティとして表現することに対しても認められるわけである。
 「男女がそれぞれの違いを認め合う」のではなく「個人がお互いを尊重できる」ための枠組みとして「ジェンダーに敏感な視点」はこれからも大事にしていかなければならないだろう。 

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April 12, 2006

「性」は個人的問題にあらず

 仕事でジェンダーについての記事を書くことになった。「ジェンダー」とは“社会的につくり出された性差”のことで、生物学的な性差である「セックス」と区別して用いられる。
 20世紀後半以降、この言葉と概念によって社会的な枠組みをとらえ直すことで、女性の社会進出、男女共同参画社会は推進されてきたとされる。
 とくに日本では「ジェンダーフリー」という独特の表現によって、社会や家庭における男女の性別役割分担のあり方が問い直されてきた。

 だが、最近の傾向として保守派による“ジェンダーフリー・バッシング”と、政治的な勢力によるバックラッシュが目立ってきているという。
 今日はその現状と将来的な展望についての話を専門の研究者から聞いた。とてもわかりやすい話をしていただいたが、この問題は政治、経済、教育、労働、地域、家族などさまざまな観点が複雑に入り交じり、言葉のとらえ方ひとつをとっても、各層の立場、各個人の経験によって大きく異なってくる。論点の整理だけでも多大なエネルギーを要することを実感させられた。
 
 また同時に、「性」はきわめて個人的な問題であるがゆえに、デリケートな部分をも含んでいる。けれどもそこを直視せずにはこの問題の本質にはたどり着けないのではないかと思った。
 多かれ少なかれ、誰もが何かしらの「性」の問題を抱えているはずだ、と私は思う。それは本当に個人の問題なのか、あるいは問題を訴えている人に「それはあなた個人の問題だ」と言い切れるのかどうか、そこから議論をスタートさせなければならないだろう。

 以前、同世代の女友達と、結婚生活におけるジェンダーというようなことについて話をしようとしたところ、「あなたは物事を難しく考えすぎる」と言われたことがある。
 要するに、ジェンダーだのジェンダーフリーだのという問題は、個人がそれぞれに対異性の関係で満たされていれば出てくることのない視点で、「あなただって(前の)旦那さんが、あなたを心から愛し、理解してくれる男性で、彼との関係や家庭に満足していたら、そんな風には思わないでしょう」と言うのだ。

 これには困った。なぜなら、彼女が仮定したシチュエーションは実際には私には起こらなかったことだからである。
 だから彼女の言うことを真っ向から否定することはできないのだが、「性」の問題はただ単に目の前にいる異性といかに親和的な状況を作るかだとする意見は、私には違和感が大きい(この違和感は、「婚外恋愛と不倫」シリーズの取材を通じて味わった感覚によく似ていることを付記しておく)。
 とはいっても異性から愛されたいと思う気持ちは誰にでもあるし、彼ら(彼女ら)からのより多い愛情の獲得こそが幸福な人生を送るためには重要だとする考え方も否定はしない。
 私とて、フェミニストらしき意見を言っても、相方にはいそいそと世話を焼くし、飲み会の席ではお酌のタイミングを計ったりするようなところもある。

 これは生まれもっての性格も影響しているだろうが、環境によって培われた面も大きいと感じている。少なくとも私のこの傾向が、元夫(および現相方)のような保守的なジェンダー観の男性を選ぶことに作用したのは間違いない。
 そして、恐らく相手が誰であろうと、今後結婚という形で異性と生活することになれば、私は相手との関係において再びジェンダーというものを意識せざるを得ないようになるだろうし、それによって苦しむであろうことが容易に想像できる。なぜなら、私は前の結婚生活を越える結婚観やパートナー観を未だ持ち得ていないからだ。
 
 それは単に私自身の個人的な問題なのかというと、それも違うように思う。私のこうした思考の背景となった原家族の問題は、昭和という時代が抱えた問題性と大きく共通しているからだ。
 それは戦前の教育を受けた父と、男女平等の理念を持った戦後教育を受けてきた母の間にあった価値観の対立であり、高度経済成長期という社会構造の影響も受けていた。

 それぞれの家族や家庭の問題が、社会や時代とは何も関連性がなく、単に個別の問題ならば、今の社会の非婚化、少子化も個別の問題の集合体であり、国や政府が対応する必要のない案件だということになる。
 昭和という時代(あるいはもっと以前からの風習や慣習)が育てた男女のあり方の問題は今に続いており、それを読み解いてきたジェンダー論や「ジェンダーフリー」には大きな意義があったはずだ。
 それを骨抜きにしようとする“勢力”に属する人たちの、それぞれの個人的な「性」の問題とその時代的、社会的背景を考えてみたい。そこにこそ、より大きな問題が潜んでいるような気がするからだ。

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March 24, 2006

「すべてが情報」のネットジャーナリズム ~GripBlogによせて

 まずは泉あいさんが元気になられたようで良かった。『GripBlog』については昨年の夏頃からブックマークに入れ、定期的に訪問していたが、こういう形(トラックバック)でコンタクトを取るのは初めてのことである(注)何度かトラックバックを送ったが処理されなかったので、代わりに泉さんにメールを送り、こちらの記事にトラックバックした)。
 騒動が収束した今になってこんな記事を書くのは、何となく気が引けるのだが、民主党の懇談会以降の一連の出来事を知ったのは、先週末であり、それについて何かコメントを残そうと思っても、仕事に忙殺されていて情報収集したり考えをまとめる余裕がなかった。

 今もそれらが十分にできているという自信はないが、あらためてノンフィクション作品、あるいはメディアとしての『Grip Blog』に対する批評を試みたいと思う。
 『Grip Blog』が発していた大きなメッセージの一つは“未完成、不完全であることを恐れないこと”であり、泉さんのこうした姿勢に勇気づけられた人は多いはずだ。私もその一人なので、この文が彼女へのエールとなればうれしい。


 『Grip Blog』を読んで一番新鮮に感じたのは、“記事”が出来上がるまでの過程がすべて“作品”として成立するのだという点だ。
 私も仕事で記事を書くためにテーマ設定から取材先のリストアップ、アポ取り、取材をこなすが、それらは表に出ない、いわばシャドーワークである。
 けれども、ここに何も情報がないかというとそんなことはなく、むしろ本質的な視点や問題が含まれていることも多い。

 たとえば、最近のケースでは、ある大学病院の新病棟開設について取材したのだが、その話のなかに今の医療現場が抱えている深刻な人手不足、介護保険の問題点、今後の高齢化社会を支える家族の問題、経済格差や障害者自立支援法による悪影響などなど、医療問題や福祉を専門にしていない私にさえ見過しにできないテーマを意識させられた。
 けれども媒体側の「新病棟の開設と新たな取り組みを紹介する」という発注内容を考えれば、それらの問題点にはほんの少ししか触れることはできないし、スペースとスケジュールによっては不可能な場合もある。

 しかし、『Grip Blog』の手法、つまり記事作成の全工程と、その時々の印象や感想をすべて記事にするというやり方だと、企画から取材までの過程で取りこぼされるテーマや視点をその時点ですくい上げることができる。また、それに対して読者がレスポンスを書くことで新たな問題も提起されるという点は大きなメリットだ。
 たしかにテーマが散逸し、“作品”としての完成度が低くなるというデメリットは生じるかも知れない。けれどもそれは『Grip Blog』を、「読む」という行為から印刷媒体と同じように捉えた見方だ。
 インターネットとは、ただテキストだけでなく、動画や音声も含まれており、それらも発信している『Grip Blog』はどちらかというと「放送」に近いメディアのような気がする。

 情報の受け手は、読者でありながらオーディエンスであり、伝えられた情報の印象、感想などはそのまま次の情報となっていく可能性を含んでいる。
 つまり『Grip Blog』が目指すジャーナリズムのあり方は、それまでのメディアとは、情報の扱い方が大きく異なっているのだ。  
 サブタイトル「私がみた事実」というのは、ニュースソースだけでなく現場の雰囲気やそのときの感覚まで、泉さんが取材によって得たすべての体験が情報として提供されていることを表している。

 通常のメディア、たとえば私がやっている印刷媒体の仕事も、テレビ、ラジオなどの電波媒体も、JANJANやライブドアなどを含むネット媒体の多くも、発信される情報は、編集者あるいはアンカーマンの手によって整理されてから読者やオーディエンスに提供される。
 けれども『Grip Blog』は、情報を整理する編集者の役割をライター自身が兼ねているというより、むしろ読者が請け負っている。
 その様子を示すのがコメント欄であり、そこには記事の感想やエールだけでなく、ときに厳しいアドバイスや別の視点での問題が提起され、泉さんもこの関係をとても大事にしていたようだ。
 
 ということは、読者は情報提供者にもなり、取材対象者にもなる。今日の読者は明日のインタビュイーであり、その人がブログを開いていれば、お互いが取材しあってそれぞれの“媒体”に取り上げる。
 こうした記事をめぐる人同士の横断的な関係性と情報の当価値性は、今までのメディアのあり方とはまったく異なり、混乱を生じさせる原因にもなったようだ。

 私自身は、『Grip Blog』には一読者としての立場でしか関わってこなかったから、これまでコメントを書くことはしてこなかった。
 泉さんにはよく「こういうことを取材して下さい」というコメントやメールが届くようだが、『Grip Blog』が提起したジャーナリズムのあり方としては、むしろ問題を感じたその人自身が取材し、書くことがより望ましいのだと思う。

 私も仕事で書いた記事から取りこぼれてしまったテーマや、日常生活で掘り起こされた問題意識を何とか形にしたいと思ってブログを書いている。
 職業ライターであることを明言しているので、毎回記事を書くたびに「無知をさらけ出しているのではないか」「取材不足、分析不足ではないか」と、恥をかくことを恐れるあまりつまらない文章になっているなと思うこともある。
 しかし、このブログ『ネットの片隅で“I”を叫ぶ』は、あくまでも“私”が見て経験した事実を表現する場所である。 
 ネットで情報発信するときに必要なことは、事実や真実に対して、誠実であることであり、不完全だったり、未完成であることを恐れることではない。発表後であっても間違いは修正できるのがブログのような発信者個人が管理できるメディアのメリットでもあるのだから。
 私が『Grip Blog』と泉あいさんから学んだことはそういうことだ。今後のご活躍と、いずれ同業者としてお目にかかる機会もあるだろうと期待している

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January 27, 2006

薄っぺらさが切なくて

 関東でも大雪が降った土曜日、ヨガの帰りに、駅前にあるスーパーの脇の歩道で遊んでいる二人の小学生を見かけた。
 滅多にできない雪遊びに興じている女の子たちは微笑ましくもあったが、時間は夜の八時過ぎ、しかもジャンパーも着ていないトレーナー姿に見ている方が寒くなる思いをした。
 「寒くないの? 風邪引かないようにね」と声をかけたら、笑顔が返ってきた。けれども、通り過ぎてからも何かが引っかかる。
 上着も着せないで親は何をしているんだろう。しかも人通りのある場所とはいえこの時間まで小学生の女の子を外で遊ばせておいて心配じゃないのか、そんな思いがわき上がってきたのだ。

 しかし、こういう「お節介おばさんの目」ほど厄介なものはない。そんなに気になるなら、立ち止まり、事情を聞いて、必要があれば家に送り届けるぐらいのことをすればいいのである。
 そんなことさえ面倒くさがってるくせに、正論だけは述べたがり、離れた距離から当事者を非難するなんて、何かというと「近ごろの子どもは、親は一体・・・」と批判さえしていれば自分の正義が保てると勘違いしている教育者や評論家たちみたい。あんな風にはなりたくないもんだと思っていたが、まんまと罠にはまってしまった。
 かといって、わざわざその場所まで戻っていくほどの気持ちはなく、「きっと買い物を終えた親と一緒に家に帰ってるはずだ」ということにしてその件を頭のなかから片づけてしまったのだが、同時に「あぁ、自分は薄っぺらい」と反省し、少し落ち込んだのだった。 

 というのはその前日、私のこうした態度とは別の、とても熱い気持ちで生きている人に出会ったからだ。彼女(以下Tさんと呼ぶ)を通じて、私はある少年事件に関わることになった。
 最初の接点は、加害者の少年に対する情状酌量を求める嘆願書に署名したことだった。けれども、そんな少しの接点でも関わる以上は、私もその事件についてできる限り知り、人にもこの事件の真実と自分の立場をはっきり説明できるようにしなければならないと思った。
 けれども、事件発生から半年も経った後では、得られる情報も限られており、中心となって活動をしているTさんに直接話を聞くことにしたのだ。
 その席で、Tさんは私に「この裁判のことを世間に知らせ、できれば少年の味方となってくれる人を増やせるような記事を書いて欲しい」と言った。私もそれに応えたいと思い、事件もののルポルタージュを手がけている同業者に相談してみた。
 彼は私とTさんの問題意識に共感してくれたものの、早急に形にするのは不可能だと言った。つまり、それほど今の社会の少年事件に対する目は厳しくなっており、それを覆すのが難しいのは裁判所もマスコミも同じだということだ。

 私は単純で頭が悪いせいか、諸問題のすべてとは言わないが8割くらいまでは“愛”によって解決すると信じている。問題は“愛”をどのように滞りなく流通させていけるかであり、そこに政治や教育といった社会のシステムが絡んでいくじゃないかと思ってもいる。
 少し前まで日本は“子どもに甘い国”と言われていた。甘いから厳しくするべきだ、という考えで少年法は改変された。
 けれども、甘やかすのと愛情を注ぐのは違う。そして、同じように厳しく接するのと、しつけることは違う。厳罰化を選んだ改変少年法の主旨に子どもたちへの愛はどれだけあるのだろうか。
 「少年といえども悪いことをした者には厳罰を」という考え方のなかに、ただ単に「善良な自分たちと隔離して欲しい」という大人のエゴイスティックな気持ちはないだろうか。

 といっても、私とてすべての少年事件に情状酌量を、という考えはない。ただ、この事件に関して知りうる限りの情報で判断すると、極刑もあり得る“厳罰”で処するには問題が多いと考えた。
 そして、私の心に一番引っかかったのが、Tさんが語るこの事件に対する世間一般、とりわけ学校関係者の冷ややかな対応だった。
 情状酌量の嘆願書への署名を求めるTさんに、ある学校の管理職に当たる教員は「極刑も致し方ない」と語ったという。「極刑ってどういうことだかおわかりですか?」と聞いたTさんに「死刑に決まってるだろう」と言い放ったそうだ。

 その話を聞いたとき、「いのちの大切さ」や「心の教育」など、文科省が教育諮問委員会を発足させ、どんなに予算をかけてパンフレットや教材を作っても、“子どもの問題行動”や“少年事件”が減らないことの理由がはっきりとわかった。
 要するに“薄っぺらい”のだ。人のことを考えているつもりでいて、実のところ、自分のことしか考えていない、そんな大人の生き方や姿勢が、子どもに見透かされているからに違いない。
 この教師は決して特別に冷淡な性格なのではない。セオリー通りに動かないことや、システマチックに運ばないこと物事は、なるべく排除したいという、多くの大人の心の中にある思いをぶちまけたにすぎない。ただ彼が、最も子どもを大切にしなければならない学校という場にいる教員であったというだけのことだ。

 もちろん「自分は違う」などというつもりは毛頭ない。私も自分の身の回りの雑事に振り回されることに汲々となって、人と関わることの面倒や、子どもと正面から向き合うことのわずらわしさをつい避けてしまう大人の一人だ。
 けれどもそんな自分の薄っぺらさを実感する瞬間、心に痛みを感じる。その痛みと切なさに、辛うじてギリギリの愛を保っていられるのかも知れない。 

 ※事件に関しての詳細は、公判中ということもあり、また少年の支援活動をしている方々へのご迷惑とならないように、あえて避けました。
 今後、私自身の関わりや、裁判の状況等によって、内容を報告する可能性もあります。
 

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January 14, 2006

“仕事ごっこ”が好きな人々

 最近になってようやく気がついたのは、「仕事そのものと“仕事ごっこ”は違う」ということだ。
 仕事とは何だろう、などという論議はすでに功をなし名を遂げている人たちがいいことをさんざん書いているので、ここではひとまず置いておく。
 ここで言いたいのは、世の中には“仕事ごっこ”というものがあって、これは仕事そのものとは似て非なるものだということだ。
 この両者の違いがわからないと、消耗するだけで実りの少ない労働をしかねない。そして“仕事ごっこ”が大好きな人たちにいいように振り回されかねないということだ。

 “仕事ごっこ”好きな人にはいくつかの特徴がある。まず最初に、非常に自慢好きだということだ。
 もちろん自分がやってきたことにプライドをもっていることは大事だし、それをPRすることも必要なことだ。決して謙遜が美徳だというつもりはない。
 けれども、私が出会った“仕事ごっこ”好きな人は、まるで自分のアイデンティティを確認するがごとく、自らの功績を語りまくる。
 まだ私が駆け出しの頃に一緒に仕事をした出版社の社長などは打ち合わせ時間のほとんどを自慢話に費やし、それを何度も繰り返した。
 また、指揮伝達系統はトップダウンを好むのも彼または彼女らの特徴である。当然トップは自分自身であり、それは別に構わないのだが、独断に走るため、チームワークを乱す行動が非常に多い。
 というよりも、チームで仕事をしているという感覚自体が薄いのである。彼らにとっては、自分以外の人間は単なる手足であり、(指揮伝達系統において)下からのホウレンソウ、つまり報告・連絡・相談は徹底させたがるくせに、自分ではそれをしない。
 だから一緒に仕事をする人間は常に振り回されることになるし、プロジェクトが失敗したり、延期されたときにも、一切責任を負おうとはしないし、成功してもあたかも自分の功績として取り扱う。
 ある日、頻繁に来ていた連絡がふっと途切れ、「あの件はどうなったのだろう?」とこちらから連絡してみれば、企画倒れしていたり、スポンサーが降りていたという結果を聞かされることはよくある。

 ようするに、“仕事ごっこ”好きな人が愛し、大切にしているのは、仕事そのものではなく、仕事をしている自分と、その場で満たされる支配欲や自己顕示欲なのだなぁと、振り回された後の疲労感のなかで思うのだ。
 こんな状況になると「あれだけ働いたのに、たったこれだけ?」と思うような報酬しか手にはできないし、一銭も入らないことさえあった。ひどいケースになると詐欺まがいの被害にあった人もいるようだ。
 私が身を置く出版業界というところは、良く言えば以心伝心、悪く言えばアバウトでいい加減なため、“仕事ごっこ”好きな人々が蔓延する素地があるのだが、そうではないあらゆる業種、職種にたくさんいるはずだ。
 現に今思うと、あの会社のあの上司、あの社長も、仕事ができるというよりも、単なる“仕事ごっこ”好きだったんだなぁと思う人がたくさんいる。
 
 かようにはた迷惑な“仕事ごっこ”好きな人々だが、彼らは基本的には優秀なのだと思う(もちろん例外もある)。また、人を巻き込むときに発揮されるそのカリスマ性に引きつけられてしまったことも事実だし、満ちあふれる自信からも学ぶべきものは多い。
 そして、彼または彼女らの“仕事ごっこ”に付き合わされたことがまったく無駄だったかというとそうではなく、そこで出会った人との人脈とか、知識や技術など、得られたものも確かにある。
 だから途中で「なんか胡散臭いぞ」と思っても、なんだかんだと振り回されてしまうのかもしれないが、これだけは言える。
 私は決して“仕事ごっこ”好きな人にはならないぞ、と。 

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October 30, 2005

それぞれの崖っぷち

 朝、ゴミを出しに行ったとき、近所の奥さんに声をかけられて立ち話をした。彼女は子ども会やPTAで顔を合わせて言葉を交わすようになった、笑顔の可愛い社交的な女性だ。
 私より3才ほど年上で、今年某国立大学に入った娘さんと、小学生の男の子が二人、商社に勤めるご主人がいる。一戸建ての家とあまり見かけないマークの外車と思われる車を持ち、どちらもとてもきれいに磨かれている。

 そんな彼女がしばしば言う。「そろそろ子どもの手も離れてきたから、何かしなきゃいけないんだろうけど、何をしていいかわからないの。今さら仕事もできないだろうから、家のことをやるしかないんだろうけど」。
  「それもいいんじゃない? 子どもが大きくなったらみんな働かなきゃいけないってことはないと思うけど」と私。
 「働くのが性に合わないと思って、結婚して家に入ったんだけど、でも主婦も向いてないみたいなのよね、私。」
 「そんなことないでしょう。家はきれいだし、お姉ちゃんは○○大学だし」
 子どもの学力と親の資質が無関係だと思ったら大間違いだ。子どものモチベーション向上に親の働きかけがどれほど大切かということを、私はこの夏やった家族ルポの仕事(別冊宝島『親子の時間』)で知った。
 そう、デキルお子さまの影にデキル親あり、なのだ。と同時に、息子に申し訳なく思った。自分が勉強しないのは親のせいと開き直ったらまずいので本人には言わないが。

 話は元に戻って 
私 「この間、ハウスクリーニングの取材に行ったんだけど、掃除好きの主婦の人がやっているみたいだよ」
彼女 「でも人の家を掃除するほど好きじゃないわ」
私 「じゃ、お料理は? テーブルコーディネートを習ってみるとか」
彼女 「でも仕事にするまでは大変でしょう」
私 「・・・動物を飼うとかは?」 
彼女 「・・・臭いがね・・・」
と、ひたすら後ろ向きである。
 主婦の仕事をきちんとやれる人というのは、基本的な能力が高いと私は思っている。生活を営むということは、実は一番大変なことなのだが、その労力に対する評価は社会化されていない。
 そのことへの不安と不満が意識的にせよ無意識にせよ主婦をネガティブにし、それに対して社会がますます突き放すような目を向けるという悪循環がある。

 「あなたは偉いわ。ちゃんと自分の世界を持って、それを仕事にして」
「いやいや。生活も収入も崖っぷちだよ、ろくなもんじゃない」
「ううん、立派なことよ」
 多分私が、この建設的でない話に親切に付き合うのは、彼女が数少ない“自分を誉めてくれる人”だからなのだと思う。そして、多分、彼女にとっても私は、それほど多くはない“認めてくれる人”の一人なのではないか。
 立派な家と家族を持つ彼女と、家も配偶者もない私。隔たりのある境遇だけれども、人間が生きていくということは、それが誰でもどこか崖っぷちを歩くことに似ているのではないかと思う。
 崖っぷちを歩きながらも、お互いに「あなたは大丈夫」「まだまだ行ける」「そろそろ立ち止まったら?」などと声をかけ合う相手を探しているのかも知れない。
 それを本人が意識しているかしていないかなのだが、現代社会という装置には、崖っぷちを隠すような機能が多くあると言えるかも知れない。
 
 ところで、今日、ダイエーの代表取締役会長兼CEOの林文子氏の講演を取材してきた。経営者の話にありがちなマネジメント理論やマーケティングデータの話ではなく、ものすごくスピリチュアルな話だった。
 彼女は人間が好きで、人への信頼と関心の強さだけを武器に、トップセールスの記録を作り続け、フォルクスワーゲン、BMWの社長を経て、今年の5月からダイエーの最高経営責任者となった。
 失礼ながら、学歴もコネクションもない女性が自動車業界の第一線で働き続けてきたのには、並々ならぬ苦労もあったのではないかと思う。 
 「誰にでも、その人にしかない素晴らしいところがあり、それを見つけることは大きな喜び」だと言い切り、お客や部下に対して、まっすぐに向き合うことによって数々の成功をおさめてきたと話す。
 同じように、崖っぷちのダイエー社員に向かい「こんな究極の状態に縁があったということを大事に思って欲しい」と語るところから、ダイエーの再建を始めている。
 「まず、今の状況を愛すること。それが自分を成長させることに大きな力を発揮します。あなたが仕事を通じて成長したとき、ダイエーもきっと売り上げが伸びているはずです」。
 こんなことをはっきりと言える女性をトップに迎えるとは、ダイエーも日本経済もまだまだ捨てたものじゃない。

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July 30, 2005

ニートの水増し 大きなお世話

【<ニート>前年と同数64万人 05年版労働経済白書】
 厚生労働省が22日公表した05年版「労働経済の分析」(労働経済白書)で、学生ではなく働いておらず、職業訓練もしていない若者「ニート」の人口が昨年64万人だったことが分かった。(中略)
 同省は昨年の同白書で、ニートを「非労働力人口のうち15~34歳で学校を卒業した未婚で、家事・通学をしていない者」と定義、03年は52万人と発表。しかし、不登校の学生らや既婚者も含めるべきと判断して、ニートを「15~34歳で家事も通学もしていない非労働力人口」として集計した。それによると、03年も64万人だった。(後略)            (毎日新聞) - 7月22日
                               
 何かについて情報をつまみ食いしているうちに何となくわかった気になっていたけれど、仕事で取材したり記事にまとめているうちに、実はよくわかっていなかったということに気が付くことは多い。
 そうしてひとつの仕事が終わる頃に「無知の知」を実感して、ようやく問題の入り口にたどりつくということを繰り返している。その結果、私の前には入り口だらけ、多分どの入り口から入っても中はつながっている気がするのだが。
 さて、最近、仕事でニートについて書く機会があったのだが、これについて知ったような気になっている人も多いのではないか。
 実は私もその一人で、それまでニートの正確な数さえ知らなかった、というよりニートの数が厚生労働省と内閣府で違うということも知らなかった。

 「ニート」とは、平成16年の労働白書から、はじめて「非労働力人口のうち15~34歳で卒業者かつ未婚であり、通学や家事を行っていない者」について「若年層無業者」として定義し、2003年に52万人と集計された。
 上の記事の通り、今年から厚生労働省による現在の定義にはこれに「不登校の学生らや既婚者」も含まれるようになり、その数は64万人となった。
 さらに内閣府によると、未婚の「家事手伝い」も「ニート」と定義したことによって、その数は85万人(2002年時点で)にまで膨れあがった。
 けれども言葉の意味を変えることで、いきなりその数が急増するのは、冷静に考えたらかなり不自然なことではないだろうか。

 こうして「ニート」という言葉の周辺を調べただけで、いわゆる“ニート問題”とは別の問題点がいくつも浮かび上がる。その最たるものは、「ニート」の数を増やして、政府は一体何がしたいのだろうか、という疑問だ。
 どうやらニートに対していろいろな就職支援をして「経済活性化」をしたいらしいのだが、私の頭には「大きなお世話」という言葉が浮かんだ。

 確かに「仕事」というのはないよりはあった方がいい。それは、個人が社会につながるための有効な手段だからだ。けれどもそれが「仕事」ではなく「趣味」や「家事」ではいけないというわけではないはずだ。
 たとえば絵を描いたり、音楽を作ったり、演奏したりするという芸術活動の多くを、経済を伴った「仕事」とすることができるのはごく一部の人である。
 では、それ以外の人は「趣味」をそこそこにして、別の「仕事」をせよというのかも知れないが、そうせざるを得ない人の多くはすでに「フリーター」として働いているし、たとえ対価としてペイしていなくとも彼らのアーティストとしての活動を否定し、「無業者」のレッテルを貼るのはいかがなものだろうか。 
 また、「家事」についてどのように定義しているかも疑問だ。「家事をしていない既婚者」「家事手伝い」という言葉のなかの「家事」について、政府はどう解釈しているのか。一軒一軒の家庭を見て回り、その内容によって「無業」であるかどうかを判断したとでもいうのわけではないだろうに。
 
 確かに少子高齢化社会を迎えて、産業の空洞化や税収の低減化によって、今のような社会保障制度が支えられなくなるから何とかしなければ、と焦る政府の言い分はわかる。私だって年金も欲しいし、各種保険の適用も受けたい。
 けれども個人が行う活動やそれぞれに抱える事情について、公的な機関が一方的にその価値を断じ勝手に「支援」しても効果はないだろう。
 それは何年も少子化対策を講じ続けているにもかかわらず、相変わらず出生率が低迷しているのと同じ構図でのような気がする。
 ニート問題の議論で、必ず取りざたされるのが、彼らを支える家族への批判だが、このことについても、少子化社会の根本の原因についても、極論を言えば人が毎年3万人も自死を遂げる世にわが子を送り出すなど恐くてできないというのことではないのか。

 「ニート問題」とは「ニート」なる存在の者が多いことが問題なのではない、と思う。
 私は会社員も主婦(専業・兼業)も経験しているが、今の状態が一番「仕事」というものを通じてダイレクトに社会につながっていると実感している。
 けれども収入や労働時間といった数値で表せるデータをトータルで集計したら、おそらく今の状態が最も「無業」に近いのではないかと思う。
 ちょっとした言葉の違い、集計方法の違いであっという間に水増しされる「ニート」に、いつ自分がなるかはわからないが、公的機関のレッテル貼りとそれに伴う就業支援には「大きなお世話」と言いたい。
 そんなおタメごかしではなく、「仕事」によって各人が社会とつながることが喜びとなるような世の中にするために、「ニート」諸君の力を借りたい、というスタンスで問題に取り組むなら、もっと違う効果も得られるかもしれない。

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June 15, 2005

ユニット式家族 

 ある程度長く“文章を書く”という仕事をしていると、誰もが「私は一体何を書きたいんだろう」ということを考えるのではないか。
 「のではないか」というのは、それを常に意識して“ライフワーク”という形で書いている人もいれば、それほど意識せずに“興味”というスタンスで仕事をしている人もいて、人それぞれだから断定はできないという意味だ。
 私の場合は“ライフワーク”となるテーマを得たいと思いつつも、請け負い仕事に翻弄されつつ、けれどもそのなかの“興味”を突き詰めていけば、あるテーマが浮かび上がるのだ。
 けれどもそれがあまりにも大きすぎて、どこから取り組んでいいのかわからず、結果的に請け負い仕事に翻弄されるという数年が続いている。

 では、そのテーマとは何かといえば「人と人が集うこと」の意味である。とりわけその中でも「家族」という形に興味がある。
 マーケティングの仕事をしていても、教育関係の取材をしていても、冠婚葬祭の実用書を編集していても、日本の伝統文化の紹介記事を書いていても、「結局は家族なんだな」と思う。
 また、小説でも、ノンフィクションでも、報道番組でも、映画でも、ありとあらゆる作品に触れるとき、その裏に見え隠れする「家族」というテーマを探す視点で見ている。
 もちろんこれは私だけのことではない。ライターに限らず、作家、ジャーナリスト、学者など、さまざまな分野にいる多くの同業者が同じような視点を持ち、同じテーマを追いかけているはずだ。

 そのなかで自分なりのアプローチを見つけ出すことは難しい。けれども「なぜ自分がそのような興味を持ち、このように考えるのか」ということを整理することは、少なくとも私にとって有意義だろう。
 ブログでの自分語りというのは、いつまでたっても慣れないものだが、ローカルエリアで書くのと比べると、やはりある程度人の目があった方がモチベーションが上がるのも確かである。
            ******
 そこで我が家における「家族」のあり方を考えてみると、多様化したといわれている現代家族の中でも、やはり特徴があるのではないかと思う。
 例えば、我が家の子どもである息子から見たとき、「家族は誰か?」といえば、まずは同居している母親、つまり私がいる。
 けれどもその周辺に“準家族”ともいうべきさまざまな人物がいて、それぞれに関係を結び、ときに家族としてのユニットを組むときもある。

 まずは一番身近な実家の両親、彼らとは四年前までは同居した「家族」だった。
 今でも徒歩数分の場所に住み、週に数回の行き来があり、やはり何かというときに一番頼りにしているのはこの人たちである。
 けれども私は彼らに対してに大きなコンプレックスを持っていて、それを克服できないまま、この家族のなかに居場所を見出せなかったことも事実である。
 私たちは同じ屋根の下を離れてはじめて「家族」としてのつながりを保てているような気がする。

 同じように元夫とも、3年間の結婚生活で失った信頼関係を、離婚後の10年間、子どもの養育を共にしてきたことでようやく回復できたように思う。
 そのようなことを人に話すと「ならば夫婦としての関係を再構築できるのではないか?」と言われることがある。
 実はそのことを考えたことがないわけではないが、そのためには社会が既婚者にも自由恋愛とフリーセックスを保障するという前提が必要だ。

 「婚外恋愛と不倫」でも書いたが、価値観の多様性が認められている今の社会では、「不倫」は必ずしも反倫理的行為であるとはいえなくなってきている。けれども、依然として社会のルールから外れる「不正行為」であることは間違いない。
 結婚の契約の中に貞操の義務がある限り、どんな事情があろうとも婚外恋愛が「不正」であることは免れないのだ。
 その「不正」を防ぐのは、定義のあいまいな「倫理」などではなく、家族としての機能や子育ての役割でもなく、やはり夫婦としてのしっかりした絆だろう。

 ぶちまけていえば、元夫とは家庭での役割分担的なパートナーにはなれるかもしれないが、性的な意味を含む夫婦には、もはやなれない。これは理性だけで解決できる問題ではないから、どうしようもない。
 また、苦労してそれに取り組まねばならないほどお互いに「再構築」の必要を感じていないということでもある。
 それは夫婦としての関係よりも、人同士としての関係を選んだということかもしれない。
 けれども、我が家と元夫の存在は、ある意味で家族的な絆で結ばれていると思っている。

 そして、もう一人、月に何度か訪れる私の恋人がいる。
 彼を「家族」と呼ぶのは適当でない気もするが、付き合いが長くなれば、それなりに我が家での存在感も大きくなってくる。
 何度かの諍いで、関係を解消しようと考えたこともあり、事実そうすることは私たちの場合たやすいのだが、それをしなかった理由の一つに息子の存在がある。
 息子と彼は仲が悪いわけではないが、やはりどこか一線を引いた距離を保っている。
 それでも母親の親しい男友達として受け入れようとしてくれる努力に対して、無責任なことはしたくないと思うからだ。
 彼の目に映る私たちを通して「男女の仲は簡単に壊れるものだ」という印象を植え付けたくはないのである。
  「家族とは何か」という定義を、私は子どもにきちんと伝えることができないが、人間同士の関係や絆の多様性、その大切さを伝えられたらとは思っている。
 
 と、このように表現すると、何だか胡散臭いほどに格好いいが、実際は言葉ほど私の人間性は成熟していない。それぞれに葛藤もあり、不満や愚痴も出るし、それは相手にも伝わっているだろう。
 だから、当然衝突も起こる。問題はそれほど簡単ではなく、だからこそ「家族」なんだと思う。
 けれども、血縁と共同の生活基盤に基づいた濃厚な家族関係よりも、この「ユニット式家族」の方が私にとって居心地がいいことは確かである。

 私の個性というのは、他者との関係性のなかで確立されてきたというよりも、おそらく自分自身との対話によって築かれたのだと思う。だから今でも何かを共有することで編まれる濃厚な人間関係のグループが苦手だ。
 けれどもこれは何も私に限ったことではなく、現代の人間関係が希薄だといわれている部分と共通するのではないか。
 それは一見何かを失いつつあるかのように見えるが、実は一人ひとりの内面に向かうまなざしは濃く、深くなっていること表れなのではないかと思う。 
 それがいいとか、悪いとかではなく、すべて両面性で切り取っていきたいのだ。そして、そこから派生するいろいろな現象を、きめ細かくたどっていくような仕事がしたい。
 「ユニット式家族」など、いかにも記号的な表現を用いたが、もちろんその目的は家族をユニット化することではなく、ましてや家族の再構築などではない。
 現状を否定することなく伝え、そこから読者が何かを感じ、得てくれればいいと思う。
 いつになったらそんなものが書けるのやら。まぁぼちぼちやります。

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May 21, 2005

愛知万博訪問記2

 取材が終わって、パビリオンを出て歩いていると、「三菱未来館@earthもしも月がなかったら」が意外に空いているのを知り、入ってみる。
 これによると、月がない地球というのはちょうど砂漠化したギアナ高地という印象だ。そこで生きるのは、この環境に適応した形で進化したは虫類、アルマジロのような固い殻をもった生物や翼竜などのようである。
 その様子と、緑豊かな地球を映し出した映像を対比させ、環境保全の重要性を説くというコンセプトなのだろうが、こういう考え方にはどうも納得できない。
 なぜなら「今の」地球がもつ条件とは、人間にとって適合しているというだけであって、他の環境で生きる生命にとってはその条件が最も生きやすいという視点が抜けているからだ。
 月のない地球「ソロン」だって、そこに生きる生物にとってはかけがえのない場所である。
 彼らがいかにもどう猛そうで、憎々しげな外見をしており、厳しい弱肉強食の連鎖を生きているとしても、それを人間の視点から評価することはできないのではないか。
 こうした人間中心の世界観、宇宙観が、他の生物の生きる場所を奪い、その結果として今の環境破壊を招いているという視点も必要だろう。
banpaku2
 というようなことを考えながら、ゴンドラに乗って「瀬戸会場」へ向かう。
 瀬戸会場はメインの長久手会場よりもこじんまりと落ち着いている。市民パビリオンの対話ギャラリーや海上広場でNGOなどの展示を覗き、説明を聞いたのだが、好感を持てた。
 ほっとしたひとときを過ごして、再び長久手会場へ戻る。帰りもゴンドラだったが、あとで調べてみて、往復のどちらかは燃料電池バスを利用するのも手だったなと思う。
 長久手会場と瀬戸会場を結ぶこれらの移動手段は無料。けれども長久手会場内を移動する乗り物、ゴンドラやトラムカー、人力車などは有料だ。
banpaku
 時刻は午後5時、「日立グループ館」の列に並ぶ。1時間も我ながらよく粘ったと思う。
 待機中に延々と流し続けられたユビキタス社会のCMにはうんざりしたが、アトラクション自体は素直に楽しめた。
 確かに、入場券のなかに埋め込まれたチップに顔写真や個人情報も入れられるという技術は大したものだが、この技術がどのように利用されていくかを考えたとき、必ずしも明るい気分になれないのは私だけではないだろう。
 「個人情報保護法」によってそれが守られるはずだ、などといくら脳天気な私にも考えられない。
 守られなければならない個人情報の概念は人によって違うし、それを内包する社会によっても変わってくるからだ。
 私は別に、売られている弁当に入っている食材がどうやって生産されたものかを知りたいとは思わない。そんな技術など使わなくても、誰もが安全な食物を手に入れられることの方がよほど大事だろう。
 むしろ、そのような情報によって、流通している商品を「自己責任で」取捨選択させられる社会が来るのだとしたら、暗澹とした気分になる。
 そして、社会や権力者側が、個人を監視しようとしたとき、これらの技術はいかに有効にその力を発揮することか。

 パビリオンを出たら、会場は夕闇がせまっていた。 
 「愛」と「環境」、この二つをテーマとしているという「愛・地球博」。
 この、どうにも逆らえない大義の下に「自由」という概念がかすんで見えたのは悲しいことである。
 もしもこれを読んでいる人で、これから万博に行く予定がある人は、華やかなイベントやアトラクション楽しむだけでなく、こんなことも考えてみて欲しいと思う。
 今、享受している「自由」の条件がどんどん多くなり、その条件は基本的に「個人」に帰属すべきだという前提が覆されそうになっている現実を。

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愛知万博訪問記1

 「愛・地球博」って考えてみたら、すごいネーミングではないか。
 開催地の地名にかけているのだということは私にもわかるが、なぜかこの名を口に出すのが恥ずかしく、頑なに「愛知万博のチケットを下さい」とか「名古屋万博にはどう行ったらいいんですか?」と言い続けた私である。
 けれどもチケット店では、申込書にしっかり「愛・地球博」と書かされたのが、なぜか悔しかったりする。
 
 朝6時頃に出発し、長久手会場のゲートに到着したのは10時を回った頃だった。
 まず最初に驚いたのは、缶・ビン・ペットボトル飲料などの食品が会場内に持ち込み禁止ということである。
 入り口付近に設置された分別ゴミ箱の前で、持っていた120mlアルミ缶入りのお茶を慌てて流し込んだ。
 ただし、手作りの弁当と生ものを含まないパン、水筒に入った飲料水はOKだとか。
 開催側はその理由を「環境博というコンセプトから、なるべく外部からゴミとなる可能性のある物の持ち込みを避けるため」と説明し、入場者のカバンをチェックしてまで徹底しようとする。
 さらに金属探知器による検査まで行えば、これはもう「環境保全」という概念は単なるテロ対策の口実に使われているだけだと勘ぐりたくもなるではないか。
 なぜなら、会場内ではゴミの元になる(?)ような各種食料品も、缶・ビン・ペットボトル入りの飲料水も盛大に販売されているからである。

banpaku1
 さて、会場内はすごい人だかり。今回の目玉である永久凍土から出土したマンモスを展示しているパビリオンなどすでに二時間待ちという状態だった。
 平日の午前中でこの有り様だったら、週末や連休や夏休みなどは一体どうなるのやら。
 人混みをなるべく避け、まずはグローバルコモンと呼ばれる国・地域別パビリオンをいくつか見て回るうちに昼食時となる。
 
 万博に行こうと思っている方がいらっしゃったら、食事はグローバルコモン内の店でとることをお勧めしたい。
 せっかく「万国博覧会」に来たのだから、どうせなら主要外食チェーンの出先機関で食べるよりも、まだ行ったことのない国の食べ物を味わうのも一興ではないか。
ちなみに、私は「スリランカ館」が出店しているレストランで食べた。カレーを中心とした屋台風のメニューで、軽食やデザートもある。
 味も良かったし、スリランカ人スタッフのキビキビしたサービスでそれほど待たされることなく席に着き、食事を終え、無駄なく効率よく席が回転していく様子も好感が持てた。

robo1
 食事を終えたら、ほぼ反対側にある「わんぱく宝島」にある「ロボットステーション」に向かう。今回、万博を訪れたのは、この中にある某企業の出展ブースを取材するためなのである。
robo2
 私自身は理数音痴で根っからの文系人間の割には、科学技術関連の話を取材する機会がよくあるのだが、ロボットの話を聞けば聞くほど、人間がロボットに求めている役割があまりに“人間くさい”ことに驚いてしまう。
robo3
 ロボットステーション内のデモを案内するコンパニオンロボット、小児病棟の子どもたちの人気だったというペットロボット。どちらもリアルで、モノとしての存在を越えている。
 動力、制御、センサー、回路、情報処理と、さまざまな技術の集大成であると言われているロボットだが、理数的な解釈のできない頭では、科学の最終的な目的というのは、やはり“生命を作る”ことなのだろうか、という部分に行きついてしまうのである。

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January 01, 2005

年始進行というのもある

 出版業界用語で「年末進行」というのがある。これは定期刊行物などで「新年号」つまり1月発行の印刷物を制作するときに、どうしても正月休みにぶつかってしまうため、校了が早まることによって、それ以前の進行、取材も締め切りも入稿も初校も再校も三校も前倒しになる。
 要するに11月頭くらいから12月中旬にかけて、出版業界の周辺か慌ただしくなるということを表している。最近は雑誌などの定期刊行物の仕事が減ってきているので、この「年末進行」にあまり縁がない。ちょっと、いや、かなりさみしい。
 その代わり、クライアントと直接関わる仕事が増えたので、例えば年末に取材をして、仕事始めにはその原稿をチェックしたいなどという要求に応えなければならない事態が発生しているため、大晦日から元旦の朝にかけて仕事をしているケースが珍しくない。これでは煩悩も祓いようがないというものだ。
 今年もそのパターン。救いは大掃除をしたため、多少は清々しい仕事部屋になっていることくらいか。

 数時間後には子どもが所属している野球チームで初日の出を見に行く。昨年は眠らずにそのまま行ったが、今年はこれから仮眠しようと思う。

 あけましておめでとうございます。良い年になりますように。

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December 18, 2004

夜型人間の戯れ言

 ライターとか作家とか呼ばれる、いわゆる物書きの人たちは昼間寝て、夜仕事をするというイメージがあるようだが、必ずしもそうとは言えない。
 少なくとも私の周辺では、仕事の出来る人ほど朝型の生活をしているように見える。
 「夜型」「昼夜逆転」というのは今やダメライターの象徴であり、「徹夜続きで」とか「最近寝てなくて」と言うのも、自分に仕事の単価を上げる能力がなく、スケジュールを管理もできないと自ら宣伝しているようなもので、とても格好悪いのだという話を聞いたことがある。やれやれ。
 それでも、私は夜という時空に惹かれてしまう。仕事をするにしても、こうしてweb日記に雑文を書くにしても、昼より夜の方が断然効率がいい。

 子どもを寝かしつけ、自分一人になってパソコンに向かう。ふと気が付くとすでに日付は変わっており、多くの人々は寝静まる時間帯だ。
 そんな深夜、自分一人がパソコンのキーボードを叩いているという現実がとても好きなのだ。
 やがて、丑三つ時と呼ばれる時間帯になると、空気の濃度も増してくるような気がする。その頃になると、自分の頭の中にもほんのりした睡魔が訪れてくるせいかもしれない。
 それと同時に、妙に覚醒した意識も芽生え、反発しあうような、それでいて共鳴しあうような不思議な感覚が体の中を通り抜ける。
 この時間帯から夜明けまでの数時間は、何が起こるかわからないような可能性に満ちている。
 翌日が締め切りの仕事をしているときなどは、「さぁラストスパート」とばかりに一気に書き上げる。のどが渇けばアメリカンコーヒーか、オレンジジュースにほんの少しワインを垂らしたミモザというカクテルを飲む。
 
 周囲の家よりも先に雨戸を開け、灯りを消して、朝日に満ちていく部屋のなかで、原稿を書き上げたとき、何とも言えない満ち足りた気分になるものだ。
 透明なクリーム色の光のなかで、一旦「お休みなさい」。朝の7時半に目覚ましに起こされ、朝食を作り、息子を送り出す。「いってらっしゃい」「行ってきます。お休みなさい」が我が家の朝のあいさつ。
 
 お昼近くまでぐっすりと眠り、目覚めてすっきりした頭でもう一度原稿を読み直す。
 「夜中に書いた文章を昼間読むと(感傷的で大げさな表現ばかりで)赤面する」という通説があるが、私に限ってはあまりそのようなことはない。もちろん多少の修正はするのだが。
 これは、もしかしたら私が普段割と抑制の利いた文章を好むので、多少メランコリックになれる夜の方が表現力がつくせいかもしれない。

 もちろん仕事がないときは、徹夜などしないが、夜という時間に眠るのがもったいなくて、なかなか1時前に布団に入ることができない。
 そして、こんな時間でも、パソコンで繋がったネットの向こう側に、おそらく同じ感覚を共有している誰かがいることに癒されている。 

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December 03, 2004

日記を書く「日常」について考える

 前回の日記から随分間が空いてしまった。
 その間、私は本業の原稿書きのため、取材相手である政府審議会委員長などを歴任している某大学教授の談話をテープ起こししたり、構成立てすることに忙殺されていた。
 そういう「人の意見を自分の言葉に変換して文章化する」作業を続けていると、やはり自分の意見を自分の言葉で書きたくなる。
 そんな文章を発表する機会も場所も与えられていない無名および非職業ライターにとって、web日記というのは実にありがたいものだ。

 教授の文章を書いている間、私は何度も「日記を書く誘惑」にかられた。しかし、そのエネルギーと時間を、今は本業に向けるべきだと自分を戒めながら、仕事に打ち込んだわけである。
 これは特別なことでも何でもない。日記を書くことよりも仕事を優先することは、むしろ当然である。にもかかわらず、私はそのことに対して「努力」が必要だったし、それに特別な意味づけをしようとしていた。
 仕事に励んでいる自分や仕事そのものを対象化し、それを表現する欲に駆られていたのだ。

 そういういびつさとか過剰な何かが、自分の中にあることは認めざるを得ないけれど、「日記」とは不思議なもので、自分の身の回りの出来事や考えを「記録する」という行為を習慣づけてしまうと、いつの間にか「記録する」ための日常を送るようになってしまうような部分があることも確かだと思う。 
 ましてや、それを「読んでくれる人」がいる場所に公開することは、その日常性にいかなる意味を持たせるか、という課題を負って生きることでもある。
 それは良く言えば「感性を研ぎ澄ますこと」になるのだろうけれど、そうした視点で生活する日々は、もはや「日常」とは呼ばないような気がする。

 「日常」とは「ふだん。つねひごろ。」のことであるらしい(『大辞林』第二版・三省堂@gooより)。
  あくまでも私個人の感覚と言ってしまえばそれまでだが、「記録する」とかそれを「公開する」という行為は、やはり何かに対する適応反応のような気がしてならない。
 「今日、こんなことがあったの」という事実や、「私はこう思ったの」という意味づけは、従来、それを告げる相手との会話において、消化される内容のはずである。
 その相手とは、家族であったり、恋人であったり、友人であったり、同僚であったりするのだが、私を含むブロガーと呼ばれる人々は、不特定多数の相手にそれを知らせようとしている。
 「それ」というのは、すなわち「日常」のことで、そこに「不特定多数の相手に知らせるべき何か」があるとするなら、それはもう「日常」とは言えないのではないか。

 恐らくもう「日常」という概念は変わったのである、少なくとも“もの書く人々”にとっては。
 「毎日がスペシャル」という歌があるけれど、そうした虚構からあふれ出したスペシャル(=特別性)は日常のなかに浸透し、もはや「淡々とした生活」を送ることの方が困難になのかも知れない。

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November 25, 2004

フリーライターを辞めるとき

 先週は本当にピンチだった。貯金の残高がゼロになってしまい、通帳に記入するたび、辛うじて預けてある定期預金からの貸し付けで細々とした経費が引き落とされていくのをため息つきながら眺めていた。
 このままでは今月の家賃も危ない。こうなったら満期前だけど郵便局の定額貯金を解約するか、生命保険の配当金を下ろすか・・・と思っていたところに、支払いが滞っていた編集費と、来月に振り込まれるものだと思っていた原稿料が入り、ようやく大難を乗り越えたところだ(とはいっても今月何とかしのげるというレベルだが)。

 今回当てにした定期預金は、私が実家に住みながら派遣社員として働いているときに蓄えたものである。フリーランスになり、なおかつアパートを借りて生活するようになったとたん、この蓄えは目減りするばかりだ。
 そんな状況をおぼろげながら勘づいているのか、両親は私の仕事についてよく尋ねる。「食べていけているのか」と。私は答える「何とかやっているよ」と。
 すべての蓄えを使い果たし、それでも「食べていくこと」にさえ事欠くようになったら、それはもはや「何とかやっている」とは言えない事態だろう。そのときは、親に頭を下げて金を無心することになるだろうが、それは同時にフリーライターを廃業するときだと私は思っている。
 
 一日24時間というすべての人に平等に与えられている時間を自分の裁量で使い、そこから見えてきた世界観によって物事を考え、それを表現することの自由。
 貧しいフリーランサーが、将来の保証など一切ない代わりに手に入れるのがこの「自由」である。
 朝、決められた場所に出勤し、決められた時間まで働く(残業があるときにはその限りではないが)という生活にはなかった「自由」によって得られたものは大きいが、その一方で収入は激減し、しかも一定ではないということも事実である。

 さて、私の両親はいわゆる「高度成長を支えてきた世代」だ。人生における自分の選択権は少なく、「自由」など求めることも難しかった時代に彼らは働いてきた。
 しかし、一方で右肩上がりの経済に後押しされ、狭いアパートから一戸建ての家を買い、その家を増改築して大きくし、子供を育てた。
 父は中小企業の工場で働く現場技術者だったが、母を専業主婦として家に置き、その一粒種である私に大学まで行かせた。
 私は大学卒業後、一般企業に就職し、2度の転職を経て、サラリーマンの妻となり、子供を出産したところまではほぼ彼らのライフサイクルを踏襲したが、離婚を機にその軌道を大きく外れる。

 世代間のギャップなのか、個別の性質なのかはわからないが、私たちはもともと対立することの多い親子だった。
 お互いの価値観や行動を決して頭から否定するつもりはないのだろうが、ときに口論という形で、ときに強い拒絶や無視によって、傷つけ合ってきた。
 それでも最終的に親に従うことが多かったのは、主に経済的な面で両親に助けられていたからだと思う。
 この微妙なバランスの駆け引きは、愛情や力関係といったものを計算した上で、お互いがお互いを見捨てることのない条件をはじき出すことで生じている。

 これを読んでいる人の中には悲しい親子関係だと思う人もいるかもしれないが、同情には及ばない。なぜなら、こうした環境が物書きとしての自分を育てている部分もあると思っているからだ。
 何が正しくて何が間違っているのかということで、物事の現象は判断できない。たとえ、その結果が理不尽なものであっても、現状を受け入れることしか改善はスタートしない。
 家族同士の対立のなかで、私はそんな風に考える癖を身につけられたことは、ある種の幸運だったと思っている。
  
 しかし、私がフリーのライターという仕事を続けていくことで、経済的な破綻を迎えたとき、彼らはその支援と引き替えにいくつかの条件を突きつけてくるだろう。それを飲むことはある種の「敗北」であるが、そうせざるを得ない状況を迎えたことがおのれの限界なのだということは認めようと思う。
 では一体何をして生きていくのかと問われたら、それも返答に困るのだが、とりあえず「親孝行」とでも言っておくとしようか。
 職業としてライターを続けていかなくても、文章を書くことはできるし、同じように「自由」を感じて生きていくことは出来るはずなのだから。

 昨年の売り上げが250万弱。そのうち半分近くを経費だとして、生活費が約120万。それ以外に息子の父親からの養育費と、国からの扶養手当を合わせて年間80万弱の収入がある。合計して約200万円、今のところはそれで親子二人が何とか「食べていけている」。
 とはいえ、来年は息子も中学生、今のままの計算で済むはずがないことは明らかだ。少なくとも5年以内に売り上げを、あと100万伸ばさないことには相当厳しい。
 では、何をしてその100万を稼ぎ出すか、それが問題だ。でも、そのための戦いはまだまだ続けるつもりである。
 

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November 17, 2004

月並みながら仕事と育児

 今、私はものすごく悩んでいる。今日の夜からの会合に出るべきか出ざるべきか。その会合とは、言ってみれば勉強会のようなものだけれど、行けばためになること間違いなし。
 けれども行ったからといって直接仕事に繋がるというものでもないし、行かなかったからといって別に何の影響もない。
 その会合の会場まで、少なく見積もっても往復3時間はかかる。どんなに急いでも、帰りは10時を過ぎてしまうだろう。

 さて、他の働くお母さんたちは、こんなときどういう選択をするのだろう?
1.子どもを誰かに預けて出る
2.諦める
 早い話がこの二つしかないわけなのだが、私はこの12年間ずっとこの二つの選択肢の間で揺れてきたような気がする。そう、月並みだが「仕事か育児か」についてである。
 それが一定であればそれほど悩みはしないのだが、その状況によって、どちらにプライオリティを置くかの判断は変わる。特に私の場合、保育園や実家の両親といった育児をサポートしてもらえる態勢にも恵まれていた。だからこそ、その状況を読む目が問題になり、毎回毎回葛藤するのである。

 A:今回のように直接収入に関わる仕事ではない場合、やはり育児を優先すべきではないの? 
 ※B:いや、息子も来年は中学生、そろそろ仕事に本腰を入れる準備をすべきと思うの。それに今日の会合は、直接の収入には結びつかないけど、行けば何かのチャンスになるかも知れないし。
 A:いやいや、親離れ・子離れの直前こそ最も大事な時期。大体、今日の会合に出たからと言って、仕事のチャンスがつかめるかどうかは結局本人の実力次第なのではないの?
 B:そう、結局は実力次第。でも今まで育児によって、自分の力を養う時間が随分削られてしまったの。だからできるときに、できることをしなければ。
 A:そんなのは単なる言い訳ではないの? 有能な人はどこにいても実力を身につけられるものよ。現に同業者の++さんは二人もお子さんがいるし、**さんなんか同じようにシングルマザーだけど、ちゃんと実力を身につけて社会的にも認められているじゃないの。
 B:そう、それは言えてる。私は自分の力不足を育児のせいにしているだけ。でも、私はやっぱり好きな仕事をしていきたいし、今日の会合だって、何のチャンスにもならなくても楽しそうだから行きたいの。
 A:結局、育児から仕事に逃げ、仕事から育児に逃げる生き方をしてるってことよね? もっと真っ当になって、今自分がすべき事に向かい合って生きなさいよ。今回は、やはり育児を優先すべきではないの?
 ・・・・・・(※Bに戻ってリピート)・・・・・・

 こんな会話が二日前ぐらいから脳内で展開されているのだが、こういう切り替えの悪さはいろんな場面で出ており、それが私を“成功”というものから遠ざけているだろう(笑)。
 これは性格もさることながら、私の育った環境がかなりジェンダーによる縛りのきつい家庭だったせいもある。
 性的役割分担によって、自分らしさを表現できずに苦しんでいた母を見て育った私は、「自分はもっと自由に生きたい」と思っていたにもかかわらず、気が付けば同じような葛藤を背負って生きている。
 なぜなら母の苦しみと背中合わせに、妻に自分を受け入れてもらえない父の悲しみがあることも知っているからだ。
 その苦しみと悲しみの表現方法として怒りをぶつけ合うのが彼らの夫婦としてのあり方である。そして、私が営んだ家庭も同じようなものだった。
 パートナーに選んだのは保守的な考えや行動をする男性であり、相手との価値観の違いに疲れて一人になった後も、わざわざ「もう一人の自分」が現れて、彼が言いそうなことを代弁する。それがAのセリフだ。
 そして、「自由でありたい」と願う私自身、つまりBも、自分の選んだ行動や思考によって人を不快にしたり、物理的な迷惑をかけたりすることを人一倍恐れている。
 「女は家庭にいるもの」「母親は子育てをすべてに優先させるもの」
そんな風に考えているのは、ジェンダーでも何でもなく、実は私自身なのだ。
 
 さて、ここまで書いていたら大分気持ちの整理がついた。今日はあまり深く考えずに出かけてみよう。頭に新鮮な空気を入れるぐらいの気持ちで。

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