ニートの水増し 大きなお世話
【<ニート>前年と同数64万人 05年版労働経済白書】
厚生労働省が22日公表した05年版「労働経済の分析」(労働経済白書)で、学生ではなく働いておらず、職業訓練もしていない若者「ニート」の人口が昨年64万人だったことが分かった。(中略)
同省は昨年の同白書で、ニートを「非労働力人口のうち15~34歳で学校を卒業した未婚で、家事・通学をしていない者」と定義、03年は52万人と発表。しかし、不登校の学生らや既婚者も含めるべきと判断して、ニートを「15~34歳で家事も通学もしていない非労働力人口」として集計した。それによると、03年も64万人だった。(後略) (毎日新聞) - 7月22日
何かについて情報をつまみ食いしているうちに何となくわかった気になっていたけれど、仕事で取材したり記事にまとめているうちに、実はよくわかっていなかったということに気が付くことは多い。
そうしてひとつの仕事が終わる頃に「無知の知」を実感して、ようやく問題の入り口にたどりつくということを繰り返している。その結果、私の前には入り口だらけ、多分どの入り口から入っても中はつながっている気がするのだが。
さて、最近、仕事でニートについて書く機会があったのだが、これについて知ったような気になっている人も多いのではないか。
実は私もその一人で、それまでニートの正確な数さえ知らなかった、というよりニートの数が厚生労働省と内閣府で違うということも知らなかった。
「ニート」とは、平成16年の労働白書から、はじめて「非労働力人口のうち15~34歳で卒業者かつ未婚であり、通学や家事を行っていない者」について「若年層無業者」として定義し、2003年に52万人と集計された。
上の記事の通り、今年から厚生労働省による現在の定義にはこれに「不登校の学生らや既婚者」も含まれるようになり、その数は64万人となった。
さらに内閣府によると、未婚の「家事手伝い」も「ニート」と定義したことによって、その数は85万人(2002年時点で)にまで膨れあがった。
けれども言葉の意味を変えることで、いきなりその数が急増するのは、冷静に考えたらかなり不自然なことではないだろうか。
こうして「ニート」という言葉の周辺を調べただけで、いわゆる“ニート問題”とは別の問題点がいくつも浮かび上がる。その最たるものは、「ニート」の数を増やして、政府は一体何がしたいのだろうか、という疑問だ。
どうやらニートに対していろいろな就職支援をして「経済活性化」をしたいらしいのだが、私の頭には「大きなお世話」という言葉が浮かんだ。
確かに「仕事」というのはないよりはあった方がいい。それは、個人が社会につながるための有効な手段だからだ。けれどもそれが「仕事」ではなく「趣味」や「家事」ではいけないというわけではないはずだ。
たとえば絵を描いたり、音楽を作ったり、演奏したりするという芸術活動の多くを、経済を伴った「仕事」とすることができるのはごく一部の人である。
では、それ以外の人は「趣味」をそこそこにして、別の「仕事」をせよというのかも知れないが、そうせざるを得ない人の多くはすでに「フリーター」として働いているし、たとえ対価としてペイしていなくとも彼らのアーティストとしての活動を否定し、「無業者」のレッテルを貼るのはいかがなものだろうか。
また、「家事」についてどのように定義しているかも疑問だ。「家事をしていない既婚者」「家事手伝い」という言葉のなかの「家事」について、政府はどう解釈しているのか。一軒一軒の家庭を見て回り、その内容によって「無業」であるかどうかを判断したとでもいうのわけではないだろうに。
確かに少子高齢化社会を迎えて、産業の空洞化や税収の低減化によって、今のような社会保障制度が支えられなくなるから何とかしなければ、と焦る政府の言い分はわかる。私だって年金も欲しいし、各種保険の適用も受けたい。
けれども個人が行う活動やそれぞれに抱える事情について、公的な機関が一方的にその価値を断じ勝手に「支援」しても効果はないだろう。
それは何年も少子化対策を講じ続けているにもかかわらず、相変わらず出生率が低迷しているのと同じ構図でのような気がする。
ニート問題の議論で、必ず取りざたされるのが、彼らを支える家族への批判だが、このことについても、少子化社会の根本の原因についても、極論を言えば人が毎年3万人も自死を遂げる世にわが子を送り出すなど恐くてできないというのことではないのか。
「ニート問題」とは「ニート」なる存在の者が多いことが問題なのではない、と思う。
私は会社員も主婦(専業・兼業)も経験しているが、今の状態が一番「仕事」というものを通じてダイレクトに社会につながっていると実感している。
けれども収入や労働時間といった数値で表せるデータをトータルで集計したら、おそらく今の状態が最も「無業」に近いのではないかと思う。
ちょっとした言葉の違い、集計方法の違いであっという間に水増しされる「ニート」に、いつ自分がなるかはわからないが、公的機関のレッテル貼りとそれに伴う就業支援には「大きなお世話」と言いたい。
そんなおタメごかしではなく、「仕事」によって各人が社会とつながることが喜びとなるような世の中にするために、「ニート」諸君の力を借りたい、というスタンスで問題に取り組むなら、もっと違う効果も得られるかもしれない。


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