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July 13, 2007

“モンスター親”はどこにいる?

【社説:モンスター親 先生を孤立させない体制を】

無理難題というほかはない苦情や抗議を執拗(しつよう)に繰り返す保護者、住民に学校が困惑している。「モンスターペアレント」という新語も登場した。怪物のような親という意味だ。
「仲のいい子と必ず同じ学級にしろ」「うちの子の写真の位置がおかしい」「チャイムがやかましい。慰謝料を出せ」「子供のけんかの責任を取れ」……。こんなクレームから授業内容や担任交代要求などまでさまざまにある。
 (中略)
全体的な統計数値はまだないが、年々こんなクレームやトラブルが増えているというのが学校現場の実感だ。これを受け、東京都港区は弁護士と契約して学校や教師たちに専門的助言をする制度を創設した。また、OBや臨床心理士らがチームで支援するなど、サポート体制をつくる動きや機運が各地に広がり始めている。
 (後略)
         (毎日新聞 2007年7月9日 0時36分)

価値観が多様化した現代では、誰もが自分の考え方や常識がどれだけデフォルトなのかという不安を心のどこかで抱えている。
仕事柄、メディアやジャーナリズムに関わる仕事をする人間と関わることが多いので、自分は彼らに比べると、自己主張の少ない没個性的で常識の塊のような人間だと思うのだけど、地域社会に帰ると何だかとんでもない奇人変人のような扱いを友人の主婦たちから受けるし、彼女たちは私からすると信じられないような理不尽を、特に意識もせずに生きている。

だから何が常識で非常識かということは、定義として考えても意味がなくて、そのときに応じてそれぞれ折り合いをつければいいんじゃないの? と思うけれど、ここに書かれているような事例を知ると「自分は(そこまで)変じゃない」「自分の社会性は大丈夫」という安心感を覚えてしまう。
そして、そうした「非常識」との間に心の中で線を引き、自分が「こちら側」であることを意識しようとする。

「モンスターペアレント」というフレーズもその概念も、こうした心情に阿った表現だということを、私たちはもっとしっかり認識するべきだ。

給食費未払い問題のときも思ったけれど、行政もマスコミもどこまでこうした「非常識」のバックグランドを探ったのか。
私の実感では、「モンスター・ペアレント」など、どこにもいはしない。
もちろん、極端な思考や行動に走る人というのは、どのような社会であっても一定数いるものだけれども、それぞれのケースを探ってみれば、それは極度に精神が不安定だったり、追い詰められた状況にいる人だったりしたものだ。
たとえば、私が直接知っている事例では「Tちゃんのお母さんのケース」がある。

話がかみ合わない--。これは学校だけに生じている特異現象ではない。先月出た国民生活白書は諸データから家族、職場、地域社会で人間関係の希薄化が進んでいることを指摘した。それは情報化社会が急進するのと裏腹のコミュニケーション(意思疎通)の薄れであり、今の学校と保護者間の問題もその一つの表れといえる。

記事は、最後にこのようにまとめられているが、個別ケースのバックグランドに対する想像力を一切排除した書き方は、読者の心の中にある「こちら」と「向こう」の境界線を意識させ、「向こう」とのコミュニケーションを断絶させる機能を果たしかねない。

孤立させないようにサポートすべきは、本当に「先生だけ」なのか?

全国紙の社説たるもの「モンスター親(=極端なクレーマー)」によって心病む先生(を含む職業人全般)も、クレーマー自身も、立っている地平は同じだということを前提に情報を発信して欲しい。

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