親学と赤ちゃんポスト
【<教育再生会議>「親学」提言見送り
「押し付け」反発で 】
政府の教育再生会議は11日午前、首相官邸で合同分科会を開き、親に向けた子育て指針として同日にも発表予定だった「『親学(おやがく)』に関する緊急提言」について当面、発表を先送りすることを決めた。「親学」との表現を使わないことも確認した。今月末以降の第2次報告に反映させる方向で調整する。政府や与党内にある「国民への教育観の押し付け」「政策的な裏付けがない」などの反発や批判に配慮した。
ただ、同会議に出席した安倍晋三首相は「議論が物議を醸しているのは事実だが、もっと物議を醸していいのではないか」と発言。「いろんな偏見があったり、アレルギーがあったりするんだろう。アレルギーを持つのは間違っていると認識していけば、冷静な議論が出てくるのではないか」とも述べた。
提言発表は山谷えり子首相補佐官らの主導で計画されたが、母乳による子育ての奨励など個人の価値観にかかわる内容を含んでいたことから政府・与党内に国民の反発への懸念が広がっていた。山谷補佐官は会議終了後の記者会見で「第2次報告に収れんさせる部分と(報告と別に)情報提供する部分を考えたい」と語った。拙速な対応が表面化したといえ、再生会議のあり方を問う声が高まりそうだ。
(毎日新聞 - 05月11日 13:11)
◇「親学」提言のポイント
(1)子守歌を聞かせ、母乳で育児
(2)授乳中はテレビをつけない。5歳から子どもにテレビ、ビデオを長時間見せない
(3)早寝早起き朝ごはんの励行
(4)PTAに父親も参加。子どもと対話し教科書にも目を通す
(5)インターネットや携帯電話で有害サイトへの接続を制限する「フィルタリング」の実施
(6)企業は授乳休憩で母親を守る
(7)親子でテレビではなく演劇などの芸術を鑑賞
(8)乳幼児健診などに合わせて自治体が「親学」講座を実施
(9)遊び場確保に道路を一時開放
(10)幼児段階であいさつなど基本の徳目、思春期前までに社会性を持つ徳目を習得させる
(11)思春期からは自尊心が低下しないよう努める
(毎日新聞 2007年4月26日より)
「親学」なるものが必要ならば「赤ちゃんポスト」だって当然必要だ。
親であることにあれこれと条件をつけられなければならないのなら、いっそのことすべての子どもは「赤ちゃんポスト」に預けてしまえ、と言いたくなる(もちろん極論)。
なぜなら、自分の子どもは自分で育てるべきだといったって、いろんな男女が子の親になる。
規範から外れた親からだって子どもは生まれる。当然だ。
けれども指針では子どもは育たない。
たとえ母乳を与え、子守唄を聞かせたとしても、テレビを見せずに観劇にいそしんだとしても、そこに「心」がなければ子どもは幸せにはならない。
そして、「心」は「指針」でどうにかなるようなものではないのだ。
その程度のことさえわからぬ人たち(わかろうともしない、と言った方が適切か)に、親であるための条件など決められたくない。
自分の経験を振り返ってみても、「子育てがつらい」と思うとき、そこに条件があり、「~しなければならない」「~でなければならない」という思い込みに囚われているときだった。
これは子育てに限らない。
勉強、スポーツ、仕事、ボランティア、恋愛・・・、ありとあらゆる活動はいろんな「~なければならない」から解放されたとき、はじめてそこに楽しみを見つけられた。
この楽しみというのは、自分とその対象との特別な関係性であり、愛情である。
自分との間に特別な関係性を見失うとき、人はその対象への愛をなくす。
わが子との間に「特別な関係性」を見出せなくなった親は、ときに親であることを放棄せざるを得なくなる。
その場合、「赤ちゃんポスト」は子どもの生命にとって、有効な方法論となるかもしれない。
「親学」を押し付けるのならば、これからの時代を生き抜く親子のために、せめて「赤ちゃんポスト」という逃げ道くらいは残してあげて欲しい。


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