言論でテロは起こせません
【「言論によるテロ」=週刊誌報道に激高-安倍首相 】
安倍晋三首相は24日夜、「週刊朝日」の最新号に掲載された長崎市長銃撃事件の容疑者と首相の元秘書をめぐる記事について、「全くのでっち上げでねつ造だ。いわば言論によるテロではないかと思う。これは報道ではなく政治運動ではないかとすら言いたくなる」と激しく批判した。首相官邸で記者団に語った。
(4月24日23時0分配信 時事通信)
yahooが提供しているインターネット上の辞書「大辞泉」によると、テロリズム【terrorism】とは、「政治的目的を達成するために、暗殺・暴行・粛清・破壊活動など直接的な暴力やその脅威に訴える主義。テロ」 だそうだ。
一方、「大辞林」では「一定の政治目的を実現するために暗殺・暴行などの手段を行使することを認める主義、およびそれに基づく暴力の行使。テロ」とある。
要するに、「テロ」の定義には「直接的暴力」が介入するということがポイントだろう。
安部首相は、朝日新聞社が首相官邸に爆弾を仕掛けたとでも言うのだろうか、何かを盾にとって脅迫されたとでも言いたいのだろうか?
「言論」ではどうやっても「テロ」は起こせない。だから表現や言論は自由であるべきなのだ。
民主主義国家の首相がこんなこともわからないというのは大問題だと思う。
マスコミも「言論によるテロ」つまり「言論」や「表現」でテロを起こせるという認識を容認してはいけない。きちんと否定しなければ。
そうでまないと、今のような「テロ対策」という言葉の前には自由もプライバシーも手放さなければならないという風潮は改められるどころか、ますます強化されるだろう。「共謀罪」なんてその最たるものではないだろうか。
確かに、イラク人質事件の被害者に対する「自己責任論」を発端としたバッシングのように、ときに自由な言論や表現が人の心を傷つけることもある。
けれど、彼らと安部首相は立場がまったく違う。たとえ当該記事が根拠なき誹謗中傷だったとしても、仮にも一国の総理大臣、もっと冷静な態度で対応して欲しいと思うのは叶わぬ希望だろうか。
また、首相の逆鱗に触れて謝罪広告を出すなど『週刊朝日』の対応もお粗末としか言いようがない。今回のような記事はもっと深く取材し、きちんと根拠を固めてから報道すべき種類の情報である。
面白半分の記事でも、読者の一瞬の歓心を買いさえすればいいという体質が、先走った報道となって表れたのではないか。
その反省があることを前提としても、首相の発言に対しては「言論でテロは起こせません」ときっぱり言うべきだ。
表現者の端くれとして何度でも言う。
「言論ではテロは起こせません。だから言論や表現は自由であるべきなんです」 と。
この点について言及する人をほとんど見かけないことが、不安でたまらない。


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