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January 14, 2005

PTA活動奮戦記 2 ~前触れ

 「ある日、突然、何の前触れもなくPTAはやってくる」と書いたが、今考えると「あれが前触れだったのかも知れない」と思うことはある。
 息子が小学2年生の時、子ども会の役員をやったのだ。当時、私はその前年、4年間勤めた派遣社員を辞めてフリーライターになったばかりだった。だから、子ども会役員の打診の電話があったときも、「固辞せねば」という意識で臨んだ。
 けれども「働いておりますので」と言って「皆さん働いていますから」と切り返されたときに、「皆さんとは違い、私はシングルマザーですし、昨年フリーランスになったばかりで、これからバリバリ稼いでいかなきゃならない立場ですから、子ども会の役員などやっている暇はありません!」とタンカを切るほど、“イタイ人”になる覚悟はできていなかった。
 また、当時私たち親子はまだ実家に居候の身であり、家事育児に親の手を借りているという事実に負い目もあり、勤務労働者でなくなって昼間から家にいる自分に対して「フリーランスになった」という事情など知らない隣近所の目が怖くもあった。
 そこに、“感じ悪い人”という評判が立つことは、何としてでも避けなければならない。そもそも任意加入である地域の子ども会に我が子を参加させるということは、役員のお母さん方に世話になっていることであり、お世話にはなりたいが、自分が世話する側になるのは嫌だと明言することは自分勝手な気がしたのも事実である。
 ならば、子ども会を退会するか、それとも役員を引き受けるか。・・・・結局、私は後者を選んだ。

 そして、年度が明けて新役員の顔合わせがあり、計6名のお母さんによる役職決めのあみだくじ。会長1,副会長1,会計2,書記2名のうち、私は会計担当になり、会長になったのは1歳半の下お子さんを保育園に預けて働くAさんだった。
 実際の仕事は、月一度の定例会で子ども会行事の企画を立て、それを世話人として実施していくことである。具体的には7月のレクリエーション大会、8月のお楽しみ会と自治会との共催で行われる盆踊り、12月のクリスマス会、1月のどんど焼き、3月のお別れ会である。
 また、会計係の私にはこれとは別に、前後期の会費集めとそれを出納管理していく仕事があり、書記には会合の内容を記録したり、回覧板で会員に知らせたりする仕事がある。
 一見面倒くさそうだが、これらは前年度の申し送り通りに実施していけばまず間違いはなく、例えばクリスマス会の食事に仕出し弁当を頼んだり、どんど焼きで振る舞う汁粉の餡を買ったりという方法で手を抜くことも許された。

 しかし、それは私たちの地区がサラリーマン世帯の多いこじんまりとした地域だったこともある。商店街や農村地域のように元地主や古くからの地縁関係者が取り仕切っているような地域ではそうはいかないのだろう。
 例えば行事なども子ども会が主催するものだけではなく、自治会や婦人会とともに行うものも多く、神社の祭りなどで御輿を出したり、そのためにお囃子や踊りの稽古をしたりするたびに子ども会の役員さんたちは駆り出されていた。
 けれども、祭りの日に氏子として大人も子どもも一緒になって祝う誇らしげな彼らを見れば、そこには何というか日本の古き良き伝統を受け継ぎ、後に連なる者としての姿があり、うらやましくもあった。
 しかしその一方で、古くからのしきたりや人間関係の格付けなどで煩わしさや不愉快な思いをする出来事が山積していたらしい。
 「何も聞いてないから知らないだけなのに、まるでとんでもない非常識のような扱いを受けるのよ。理不尽でも、ことを荒立てないためには謝るしかなくて、情けなくて涙が出てきたわ」
 「自治会や婦人会の役員から見たら、子ども会の役員なんて“嫁”扱いよ。ことあるごとに呼び出されて振り回されるから、できるだけ近付きたくないの」
 しがらみに翻弄されるフラストレーションをこんな愚痴で発散させるお母さん方の声を何度も聞いた。
 
 このように子ども会といっても住む地域によって活動内容もその方法も違うが、これらが小学校の学区ごとに連合体を作り、さらに市町村ごとに「子ども会連合会」を形成する。
 一般の会員や役員には直接関わりがないが、その上には都道府県単位の子ども会連合体があり、全国的には「社団法人 全国子ども会連合会」として組織されているようである。
 それらの連合体が主催する行事や会合、研修会への参加も役員の仕事であり、私も振り当てられて何度か参加した。
 ひとつは「野外活動での指導研修会」でこれはキャンプや飯ごう炊さんなどを行う際の注意事項に関する勉強会だった。
 もう一つは「グループ活動研修会」で、複数の子どもたちを遊ばせるゲームの講習会で、自分たちが子ども役をやったのは意外にも楽しかった。
 それと別に学区の子ども会連合会主催の芋掘り大会で炊き出しを行い、豚汁作りを手伝いに行ったこともある。

 目の離せない幼児を抱えるワーキングマザーであり、地区の子ども会会長として上部団体への報告書なども作成しなければならないAさんの負担は大きかっただろうと思う。けれども彼女にそう聞けば
 「まぁね。大変だと思ってやれば大変だし、大変なときには人に手伝ってもらうことにしてたから」と笑った。
 確かに、最初は「どうなることやら」と思って引き受けた子ども会役員だったが、1年が過ぎてしまえば「なんということもなかったな」というのが正直な感想である。
 面倒なこと、仕事とぶつかって忙しい思いをしたこともあったが、人間関係が良好だったので楽しいひとときを過ごせたし、終わってみれば、行事に参加した子どもたちの笑顔だけが印象に残っている。
 かといって「やってよかった」とまでは思わないが、少なくとも「引き受けなければどうのこうの」と大騒ぎするようなことではないと思ったのだ、そのときは。

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